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【主張】令和と万葉集 新時代を古典学ぶ契機に

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 「平成」から「令和」へ、時代が変わる。

 新元号の発表以降、典拠である現存最古の歌集「万葉集」が注目され、ちょっとした古典ブームだ。書店にはコーナーが新設され、関連書籍の復刊や重版が相次ぐ。一方で、教育現場では若者の古典離れが続いている。ブームを一過性に終わらせず、文部科学省は今こそ知恵を働かせるべきだ。

 古典に親しむことは、自国の言語文化を理解する基礎になる。教養の一つといっていい。

 ところが、平成25年度の学習指導要領実施状況調査(国立教育政策研究所)で、中学生に「古文や漢文などを読むのは、好きですか」と聞いたところ、「好きではない」「どちらかといえば好きではない」との回答が中1で60・8%に上った。中2は66・1%、中3は66・6%と、学年が上がるにつれて割合は増えている。

 大きな理由の一つが、聞き慣れない古語のとっつきにくさにある。例えば今回、令和の引用について、国書か漢籍かということばかりが注目されたが、引用部分は漢文である。書き下し文は「初春(しょしゅん)の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風(かぜ)和(やわら)ぎ」で、決して易しくはない。

 万葉学者の上野誠・奈良大教授の解説によると、意味は「おめでたいお正月、加えて天気もよくて風もやわらか」だ。知った上でもう一度音読すれば、理解は楽だろう。日本語は音(おん)と漢字の両方から意味をくみ取るものだからだ。

 上野教授はこうも指摘する。日本人は和歌によって情を学び、理すなわち理屈は漢文によって学んできた。情と理をどう調和させるかは古代から続く日本人の大きな課題である-と。古文は連綿と現在の日本語に繋(つな)がっているが、学んで慣れることは必要なのだ。

 来春から小学校で英語が教科化される。国際化の時代に英語は必要だろうが、日本語という土壌があってこその外国語学習だろう。イギリスではシェークスピアを小学校から学ぶが、やはり難解なので演劇を取り入れているという。文科省の学習指導要領でも生涯にわたって古典に親しむため「易しい古文や漢詩・漢文について音読や暗唱の重視」を掲げてはいる。まだまだ工夫が足りないのではないか。指導者の育成も課題だ。

 教養とは身につけるものだ。令和は、日常のすぐそばに古典文化がある時代であれ、と願う。

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