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【一筆多論】「老兵は死なず…」の真意

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 「老兵は消え去るのみだよ」。一昔前のテレビドラマでは、定年を迎えたサラリーマンなどが半ば自嘲気味に、こう吐露する場面をよく見かけた気がする。

 定年自体が延び、その定年後も再雇用、継続雇用で「老兵」が働き続けるようになった現在、そんな科白(せりふ)はもう似合わない時代になっているかもしれない。

 この表現、マッカーサー元帥の名言として伝えられる「老兵は死なず、ただ消え去るのみだ」(オールド・ソルジャーズ・ネバー・ダイ、ゼイ・ジャスト・フェイド・アウェー)を都合良く切り取ったもので、本来の意味合いから逸脱した印象は拭えない。

 終戦直後の日本を占領した連合国軍の最高司令官マッカーサー元帥は、朝鮮戦争が勃発すると国連軍総司令官に任じられ、不利な戦況を逆転したものの、戦争の遂行方針をめぐってトルーマン米大統領と対立し解任された。

 その10日ほど後の1951年4月19日、米上下両院の合同会議で行った演説の末尾に、元帥はこの文句を盛り込んでいる。

 元帥は演説で、アジア太平洋地域の戦略的情勢を踏まえ、共産化した中国が地域に及ぼす脅威を滔々(とうとう)と論じている。今の中国脅威論を部分的に先取りしている観なきにしもあらず、である。

 そのうえで、朝鮮戦争に参戦した中国に対する種々の攻略策を訴えたとし、深追いを避けた大統領に反論した。そして思い入れたっぷりにこう結んでいる。

 「私は52年の軍務を終えようとしている。…だが、(陸軍士官学校入校)当時、兵舎で最も流行(はや)っていた歌の一つの繰り返し句は今も覚えている。『老兵は死なず、ただ消え去るのみだ』と、この上なく誇らしげに謳(うた)っていた。そしてあの歌の老兵のように私は今、軍歴を閉じて、ただ消え去っていく。神の示すところに従って自らの任務を果たそうとした一人の老兵として。さようなら」

 マッカーサー演説の数々を解説付きでまとめた米著「ダグラス・マッカーサー-ウォリアー・アズ・ワードスミス」によると、元帥はこの演説の最後のくだりで、米国人が標準的に話す速度の2分の1にまで落としたという。劇的な効果を狙ったのである。

 だがというか、むしろ当然というべきか、元帥は簡単に消え去らなかった。何しろ、当初の世論調査では、大統領による解任への支持がわずか25%なのに対し、元帥の支持率は66%である。

 議会演説の後も、上院公聴会に出席して大統領批判の証言をし、マッカーサー解任を受けて大統領非難決議を採択した一部州議会に招かれて講演するなど、何年も全米各地を遊説している。

 前述の書によると、議会での雄弁は「老兵はただ消え去るのみ」演説でなく、「老兵は死なず」演説(もしくは「太平洋を放棄するな」演説)と呼ばれたという。むべなるかなではないか。

 私事で恐縮だが、この3月、38年間にわたる記者人生の幕を閉じる。マッカーサー風ではもちろんなく、さりとて冒頭のサラリーマン風でもなく、静かに筆を措(お)きたいと思う。さようなら。西田令一(論説委員)

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