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【インターン取材】消防活動の原点は「人を思う力」 大阪市消防局の田中さん

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流された家屋の2階部分で救出活動にあたる消防隊員ら。右端が田中智也隊長(当時) =平成30年7月8日、広島市安芸区(大阪市消防局提供)
流された家屋の2階部分で救出活動にあたる消防隊員ら。右端が田中智也隊長(当時) =平成30年7月8日、広島市安芸区(大阪市消防局提供)

 昨年夏に起こった西日本豪雨で、大阪府の緊急消防援助隊の一員として広島県に派遣されるなど、救助隊員として長年活動してきた大阪市消防局の田中智也さん(45)が、今年4月からは“畑違い”の企画課広報担当係長として活躍中だ。田中さんは「災害時の救助活動だけでなく、消防局の幅広い活動を多くの人に知ってほしい」と話している。

 この日は、産経新聞大阪本社にインターンシップとして来ている大学生8人に向けた講演会が行われ、田中さんが災害時の活動状況や思いをのべた。

 西日本豪雨の際、同消防局の本部特別高度救助隊長だった田中さんは広島市に入り、救助活動を行った。ある被災地では、地面から手だけが出ている被災者が見つかった。生存の可能性は低く、一方で隊員が危険なため、その場での救助活動は行わなかった。

 その後、田中さんは被災者の母親と思われる女性から「息子がまだ見つかっていない」という言葉を聞いた。JR福知山線脱線事故などの際にも救助活動を行った田中さんは、その際「『自分が諦めたらいかん』。われわれ救助隊こそが最後の砦(とりで)なんだ」と思ったという。

 翌日朝、田中さんと隊員らは現場で救助活動を再開し、女性を助け出した。隊員たちは「大丈夫だよ」「よく頑張ったね」などと言葉を掛けながら、女性を救助。女性は助からなかったが、「せめてきれいにしてあげよう」と、自分たちが飲むために持っていた水で体を洗い、家族の元へ帰した。

 「非日常的な出来事が起こる消防で働いていると、平穏な日常がどれだけ幸せかわかります」と話す田中さん。将来のあるインターンシップの学生に向けては「夢を叶えることよりも、夢を追いかけることを諦めるな」という言葉を贈った。(波岡真央)

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