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紀伊半島豪雨8年 被災した2球児が消防士に

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消防士として活動する井戸正樹さん(右)と湯川貴生さん=和歌山県新宮市
消防士として活動する井戸正樹さん(右)と湯川貴生さん=和歌山県新宮市

 和歌山、奈良、三重の3県で死者・行方不明者が88人に上った平成23年9月の紀伊半島豪雨から8年を迎えた。14人が犠牲になった和歌山県新宮市の消防本部では、当時高校野球のチームメートで、被災経験のある若手消防士の湯川貴生(たかき)さん(24)と井戸正樹さん(23)が日々、切磋琢磨(せっさたくま)しながら人命救助に励んでいる。ともに支え合いながら豪雨からの復興に尽力した2人は、「いつかまた新宮に豪雨が来てしまったとき、自分たちで全員を助け出したい」と力を込める。(井上裕貴)

 豪雨で地元が甚大な被害に見舞われたのは、2人が高校1年の時。中学からの野球仲間だった2人は、市内の近畿大学付属新宮高校で、当時ともに外野手として毎日厳しい練習に励んでいた。

 あの日、親族や友人は無事だったが、氾濫した熊野川の近くにあった井戸さんの自宅は床上浸水。少し高台にあったという湯川さんの家も断水被害に遭った。

 湯川さんは、経験したことのない激しい風雨の中、トイレも風呂も使えず、家族で自宅2階に避難していた不安な一夜を「祈ることしかできなかった」と振り返る。

 井戸さんは、母と2人で知り合いの家に避難していた。浸水して泥まみれになった自宅を目の当たりにしたとき、言葉が出なかったという。

 台風が去った後、井戸さんはしばらく家族総出で家の復旧に追われた。家が無事だった部活のチームメートたちが他校との公式戦に臨む中、必死で家の中の泥をかき出す日々。そんな時、手を差しのべてくれたのは湯川さんだった。

 公式戦に参加できなかった井戸さんをずっと気にかけていた湯川さん。「何か手伝えることがあれば協力したい」と井戸さんの家を訪ね、一緒に壁にこびりついた泥を何度もブラシでこすった。

 「突然来てくれたのでびっくりしたけど、それ以上にうれしかった」と井戸さん。それから井戸さんの家には大勢の友人が復旧の手伝いに来てくれたといい、1週間ほどで元通りの生活ができるようになった。

 大学進学後、豪雨の経験から井戸さんは「助けてもらった分、今度は地元に恩返ししたい」、湯川さんは「あの日のように困っている人を助けて、もっと地元に貢献したい」との思いが募り、示し合わせたわけでもないのに、そろって市消防本部の消防士になった。

 現在2人は消防救助係に所属。火災や人命救助の最前線で活躍している。

 台風が接近すると、川の水位の確認や浸水しやすい地域の警戒に駆け回る。倒木の撤去などの力仕事も、野球で培った自慢の体力で難なくこなしている。

 大好きな地元が未曾有の危機にさらされたあの日から8年。「台風が多い新宮では、いつまた紀伊半島豪雨のような被害に遭うか分からない。万が一に備えて、いつでも万全の準備を整えていたい」。2人で地域の安全を守る決意を新たにしている。

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