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【秘録金正日(64)】発覚した「太っちょグマ」こと金正男暗殺計画 高英姫は「事故」で重体 後継者めぐる暗闘の行方は…

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発覚した「太っちょグマ」こと金正男暗殺計画 高英姫は「事故」で重体 後継者めぐる暗闘の行方は…

秘録金正日(64)更新

 10種類のパスポートを使い分け、世界中を自由に飛び回っていた正男が突然、拘束された裏には、英姫と周辺勢力の画策があったというのだ。正男の行動経路をCIAにひそかに流し、日本側に情報が渡ったのが真相だとみられている。

「オモニは最高司令官同志に限りなく忠実」

 「威勢のよい金正男にやられまいと、91年ごろから姉は、金正日書記(当時)の絶大な信頼を得ている金容淳(ヨンスン)を味方につけた」と高英淑は説明する。

 高英姫は、自分が産んだ子供が後継者レースで、金正男に打ち勝つため、まず、国際担当党書記だった金容淳にプレゼント攻勢を仕掛けた。幹部人事を仕切る党組織指導部第1副部長の李済剛(リ・ジェガン)や、軍「制服組トップ」の総参謀長、金永春(ヨンチュン)らの支持取りつけにも成功する。

 世界中に“醜態”をさらした正男拘束事件を契機に“高英姫派”による後継者擁立の動きは加速する。

 《尊敬するオモニ(母)は、敬愛する最高司令官同志(正日)に限りなく忠実な忠臣中の忠臣だ》。2002年夏には、こう題した講演資料が軍内で印刷され、出回った。「オモニ」は英姫を指した。韓国の情報当局は、次男の金正哲を後継者に擁立する動きだと受け止めた。

 正哲は1993~98年にスイスのベルン国際学校に留学。勉強に専念せず、留学途中に帰国した正男とは違い、学業を全うしたという。正哲について、当時の校長は「スポーツ好きで、ユーモア感覚もある誠実な生徒だった。特に数学に熱中した」と振り返る。同級生の証言では、「スキー場にも毎週行き、好きなアクション映画の格闘シーンをまねたりして遊んだ」。

 2001~06年には、金日成(イルソン)軍事総合大学の特設クラスで軍事学を学ぶ。脱北した元党幹部によれば、02年後半には、党組織指導部内に《金正哲同志の事業体系を打ち立てよう》というスローガンまで登場する。

 03年に入ると、秘書室の日誌を講習会で披露する形で、正日の「お言葉」が公になる。「正哲同志について組織指導部での実務学習の後、6カ月間の高級党学校課程を終えさせるように」との指示だった。正哲に後継者修行を命じているとの印象を与えるものだ。

 正日自身の意思をどれだけ反映したものか、幹部の過剰忠誠によるかは定かでないが、正哲の後継者擁立が既定路線のようにみなされていく。そうしたなか、正哲の周囲で、不可解な「事故」が相次ぐ。

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 03年6月、金容淳が交通事故に遭い、10月に死亡する。9月には、高英姫が交通事故で重体となる。高英淑は、がんが原因で意識不明に陥ったとの外国報道を否定した上で、こう断じたという。