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児童31人犠牲の大刀洗飛行場空襲から76年、「頓田の森の悲劇」慰霊祭

延命地蔵の前で行われた「頓田の森の悲劇」犠牲者の慰霊祭
延命地蔵の前で行われた「頓田の森の悲劇」犠牲者の慰霊祭

 「東洋一」とうたわれた福岡県南部の旧陸軍大刀洗飛行場で米軍の空襲が始まった昭和20年3月27日、1発の爆弾で児童31人の命が奪われた。この「頓(とん)田(た)の森の悲劇」から76年となった27日、慰霊祭が同県朝倉市の一ツ木神社の「延命地蔵」前で開かれ、遺族や同窓生らが犠牲者の冥福を祈るとともに、平和を祈念した。(永尾和夫)

終業式の日に

 「頓田の森の悲劇」は終業式の日に起きた。朝倉郡立(たて)石(いし)国民学校(現朝倉市立立石小)では、児童が講堂に集合している最中に空襲警報が鳴った。このため地区ごとに引率教諭とともに集団下校。だが、標的になる飛行学校兵舎前を避けようとUターン。近くの「頓田の森」に避難したところに爆弾が炸(さく)裂(れつ)。児童24人が即死、7人が病院で死亡した。

 悲劇は、三井郡立石国民学校(現小郡市立立石小)でも起きた。児童たちが頓田の森から8キロ離れた「三軒屋の森」に避難していたところ被弾。3人が即死、15人前後が重軽傷を負った。

 頓田の森は現在、「平和花園」として整備され、朝倉青年会議所が定期的に清掃。児童たちが犠牲になった同市一木地区では、悲劇が起きた直後に建立された「延命地蔵」の前で、地区遺族会が毎年慰霊祭を行っている。

 慰霊祭には遺族ら約30人が参加。祭壇には、犠牲になった子供たちの遺影や立石小児童が作った千羽鶴が供えられ、僧侶が犠牲になった31人の名前を読み上げて冥福を祈った。頓田の森に避難しながら、けがだけで助かった近くの広瀬益子さん(84)、先輩が覆いかぶさってくれて無傷だったという空閑きぬ江さん(84)も参加した。

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