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【大場一央の古義解~言葉で紡ぐ日本】橋本左内「生徒会的理想論」の限界

 志立候(こころざしたてそうろう)には物の筋多くなることを嫌候(きらいそうろう)『啓発録』

 株式投資と同じように、政治や思想にもトレンドをひたすら追うか、原理原則に忠実に振る舞うか、という相反する道がある。いずれを無視しても誤るだけに、バランスを見極めることは難しい。幕末であれば、徹底した原則論で倒幕を鼓吹したのが月性や宮部鼎蔵のような仏教徒や国学者だとすれば、トレンドをひたすら追い求めたのが由利公正、横井小楠といった福井藩系統の思想家だった。橋本左内(1834~1859)もその1人だ。

 軽薄の標本とも言うべき小楠と異なり、左内は寡黙で内省的な人物であった。彼の著作である『啓発録』では、厳しく己を省みることを自らに課している。それは「志が定まったなら、他のことには触れずに目標に突き進むべきだ」という冒頭の言葉からも読み取れる。ただ、左内には功名心が横溢していた。これは寡黙とは相反しない。なぜなら、名を挙げるための最短ルートは周囲となれ合わず、最も合理的な方法で学問を修得し、実践していくことだからだ。そういう意味で、左内の修養は内省的ではあるが、ぎらぎらした野心に支えられたものだった、とも言えるだろう。

 そんな左内らは日本のありようという原則論よりも目先の政策論に特化し、時代の流れが西欧化にあると断じ、積極的、楽観的に海外を摂取し、現在の国連に相当する国際機関の出現を予言したり、日露同盟を提唱したりするなどして経書を援用して論証を試みた。また雄藩による議会制の導入で、日本を近代的な統一国家にしようと奔走する。

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