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7世紀の筑紫地震「震災がれき」が出土 福岡・小郡市

 地震で大きな被害を受けた上岩田の役所はその後、西側2キロの小郡官衙(かんが)へ移転し、仏堂は「井上廃寺」として復興したとみられる。小郡官衙は8世紀中ごろ、さらに上岩田遺跡の南約2キロの下高橋官衙(同県大刀洗町)に移転した。

 ■直角に交差する官道

 一方、同市内の松崎六本松遺跡では幅約6メートル、南北に長さ約100メートルにわたって延びていた道路跡が確認された。深さ60センチ前後の側溝が整備されており、須恵器などの破片も出土した。

 8世紀の官道とみられている。その南側には下高橋官衙遺跡があり、20年前に同遺跡につながる官道が見つかっている。規模と方向が一致するため、今回発見された官道は、南北に1キロ延びたこの直線道路の一部と確認された。この南北に走る官道は、郡内を東西5キロにわたって貫いていたとされる「筑紫横道」と直角に交差するという。

 これらの直線状に走る官道は、郡衙など三つの役所があった地点を結ぶ形で配置されており、同市埋蔵文化センターの山崎頼人主査は「大宰府南部の要衝として重点整備が進められていた可能性がある」と指摘している。

 松崎六本松遺跡では今月13日、現地説明会があり、考古学ファンら約80人が参加した。「この道を古代人が歩いていたんですね」などと興味深げだった。

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