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当時のままの建物、無機的な風景、解体進むフランジタンク…大事故から10年 福島第1原発の今

津波に破壊された当時のまま残る4号機南側にある廃棄物処理設備の補助建屋=東京電力福島第1原発(芹沢伸生撮影)
津波に破壊された当時のまま残る4号機南側にある廃棄物処理設備の補助建屋=東京電力福島第1原発(芹沢伸生撮影)
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 平成23年3月、東日本大震災による津波で電源を喪失して大事故を起こした、東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)。事故から10年を迎えようとしている現場には、事故直後と変わらない風景と、様変わりした景色が交錯していた。特別な許可を得て廃炉作業が進む現場に入った。(芹沢伸生)

津波の威力まざまざ

 原子炉に近い海側の道路で息をのむ光景に出くわした。むき出しの鉄柱が大きく曲がった壁のない建物。内部は大破した機械の部品などで、発生当時のままになっている。

 震災4日後の15日朝、水素爆発した4号機南側にある廃棄物処理設備の補助建屋。高さ約10メートル、延べ床面積約670平方メートルの施設は、事故を境に時間が止まっていた。その一方で、全体をさびが覆い赤茶けた様子が、10年の歳月を物語っていた。

 「震災当時、建屋の前に防潮堤はなかった。爆発ではなく津波で破壊されたとみられる」と語るのは、東電の広報担当者。設置されていたのはボイラーやディーゼル発電機などで、津波に襲われたとき、ここにスタッフはいなかった。

 廃炉作業は危険性の高い場所が最優先。そのため、放射線と無縁の補助建屋の解体は後回しになっている。ここが取り壊されるとき、長く遠い廃炉のゴールは見えているのだろうか。

 建物のすぐ横には、原子炉建屋で生じた汚染水を流す側溝があった。身を乗り出しながら撮影していると広報担当者は「線量が高いから、気を付けて」と言った。コンクリートの蓋の上で測った線量は、78・2マイクロシーベルト。深刻な原子力災害の発生現場にいることを実感した。

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