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【酒の蔵探訪】仙醸(長野県伊那市) 米発酵商品で里山と健康守る

黒河内貴社長(左)と伸子夫人。背景は旧蔵=長野県伊那市(仙醸提供)
黒河内貴社長(左)と伸子夫人。背景は旧蔵=長野県伊那市(仙醸提供)
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 創業家出身の黒河内貴社長(44)は、平成13年に入社し、21年に社長に就いた6代目の若き経営者だ。自ら掲げた経営理念は『米発酵文化を未来へ』。「味覚やライフスタイルの変化に合わせて米を発酵させた商品を作って、米づくりを通じて里山を守り、麹菌で日本人の健康を守る」(黒河内氏)という趣旨だ。奮闘の中で生まれたこの言葉が、社業に誇りを持たせてくれる。

 同社は文明開化の足音が聞こえる慶応2(1866)年に城下町高遠で産声を上げた。戦後の人口増加で成長し、中央自動車道が整備された昭和40年代には、販売エリアも広がった。当時は大衆向けの一級、二級酒のみ。昭和59年、社屋を移転し、温度や湿度を電気で調節して麹を発酵させる装置を導入し、一定の品質で大量に造ることで規模を拡大していった。

 しかし昭和60年頃からの焼酎ブームや愛飲家の「量から質」への転換で変革を迫られた。一つが日本酒以外の飲み物の開拓、もう一つが日本酒の高品質化だ。

 売り上げが減少する中で、黒河内氏は平成16年に米焼酎、17年に甘酒、21年に梅酒と手を伸ばす。24年に始めたどぶろくは、日本酒の製造過程で造られる甘酒に酸味や泡が加わった飲み物。「日本酒を飲まない人でもおいしく飲める」と特に力を入れた商品だ。昨夏には米を一部使ったジンの限定販売を開始した。

 甘酒は当初は売れなかったが、28年頃から免疫力向上などをうたう「甘酒ブーム」が到来。売り上げの3分の1を占める時期もあった。しかし手放しでは喜べなかった。

 一体、何の会社なのか-。変容に戸惑いを覚える社員も現れ、就職説明会でも答えに困った。アイデンティティーを自問する中でロゴを作成。そこに添えた文言が「米発酵文化を未来へ」だった。

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