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【深層リポート】沖縄発 戦没者墓苑HP「殉国」削除 国への反発、県が追認の「複雑」

一部にアレルギー

 この要請が地元マスコミで大きく取り上げられると、県は方針を一変する。感染拡大が落ち着いたこともあり、追悼式が目前に迫った6月12日に会場を広場に戻すと発表。玉城デニー知事は「勉強不足だった」とも述べた。

 それから半年あまり、会場を戻すよう要請した識者の一人は取材に、「多くの県民が犠牲になった沖縄戦の慰霊は(全戦没者の名前が刻まれた)平和の礎のそばにある広場で毎年行うのが望ましい」と話す。

 一方、国への反感ともいえる一部の批判を、県が認める形となった一連の経緯には、疑問の声も上がる。

 沖縄の社会思想に詳しい沖縄大の宮城能彦教授(地域社会学)は「沖縄戦では多くの人々が『国のため』と信じて亡くなっており、国に殉じたのは事実だ。しかし復帰後の基地問題などで、国へのアレルギーを持つ人が一部にいる。そうした一部の意見に反論できず、全体の意見とみなされてしまうところに、今の沖縄が抱える複雑な問題がある」と指摘している。

国立沖縄戦没者墓苑】 沖縄戦で亡くなった住民や将兵らの遺骨を納めた国立の慰霊施設。戦後に遺骨収集が進み、那覇市内にあった中央納骨所が狭くなったため、昭和54年、沖縄戦最後の激戦地だった摩文仁の丘(糸満市)に建立された。摩文仁の丘を含む一帯は県営の平和祈念公園として整備され、各県各団体の慰霊塔や、国籍を問わず全戦没者の氏名を刻んだ「平和の礎(いしじ)」などがある。

記者の独り言】 沖縄戦の海軍陸戦部隊司令官、大田実中将は自決の直前、本土に向けて「沖縄県民かく戦へり」の電報を発した。国のため、献身的に戦った県民に「後世特別の御高配を賜(たまわ)らんことを」と-。ところが近年、国は加害者であり、県民を「かわいそうな被害者」とみる風潮が言論界などで強まっている。それで亡くなった県民が、本当に浮かばれるだろうか。どうか冷静に、考えてみてほしい。(川瀬弘至)

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