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【深層リポート】茶どころ静岡ピンチ 生産量減 トップ陥落の危機 需要開拓へ一丸

期間限定で設置された茶の情報発信拠点「しずチカ茶店 一茶Seasonal(シーズナル)」。さまざまな銘柄の茶の販売のほか、カフェでは「緑茶の炭酸割り」なども用意された=10月、JR静岡駅北口
期間限定で設置された茶の情報発信拠点「しずチカ茶店 一茶Seasonal(シーズナル)」。さまざまな銘柄の茶の販売のほか、カフェでは「緑茶の炭酸割り」なども用意された=10月、JR静岡駅北口
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 対する静岡県は、昭和50年代をピークに生産量が減少傾向。作業が難しい急斜面の茶畑が多く、生産者の高齢化で耕作放棄地も年々増える。「そもそも『お茶は急須で入れて飲むもの』という手法にこだわり続け、嗜好(しこう)の多様化や生活様式の変化についてこれなかった」(県関係者)との指摘もある。

新たな取り組み

 日本一の茶生産地として生き残る手がかりはどこにあるのか。県茶商工業協同組合理事長で佐々木製茶(掛川市)社長の佐々木余志彦氏は「高品質を目指すという一点突破しかない」と断言する。

 新たな取り組みも始まっている。静岡市の製茶問屋「カクニ茶藤」と東京都渋谷区のベンチャー企業「TeaRoom」(ティールーム)は今春、共同出資で新会社「THE CRAFT FARM」を設立。農地を保有できる「農地所有適格法人」の基準をクリアした。耕作放棄地の再生とともに、さまざまな品種に改植して消費者の多様な嗜好に対応する試みを始めている。

 同社の水野嘉彦社長は「香りや甘みに特徴のあるお茶の品種を増やすことで、『こういう楽しみ方があるんだ』と消費者に知ってほしい」と、新たな消費者ニーズの開拓に力を入れる。

茶の歴史】 静岡県などの資料によると、国内に茶が伝わったのは平安時代初期で、最澄や空海ら唐(中国)に留学した僧たちが持ち帰ったとされる。静岡には、鎌倉時代の僧、聖一(しょういち)国師が宋(中国)から茶の種を持ち帰り、出生地付近の足久保(現在の静岡市葵区)にまいたのが始まりと伝えられている。徳川家康も晩年を過ごした駿府城で地元の茶を愛飲。付近に「お茶壷(つぼ)屋敷」を設けて大切に保管していたとされる。

記者の独り言】 日常茶飯事、茶番劇、茶腹も一時…という表現があるように日頃からさまざまなシーンに引用される「茶」は、静岡県民にとって身近な存在だ。注ぐ湯の温度が高すぎると苦みや渋みの成分が多く抽出され、せっかくの高級茶も台無しになるほど奥が深く、静岡市は公立小学校で「お茶のおいしい入れ方教室」を展開する力の入れようだ。日本一の生産地としてのプライドを感じるだけに「首位争い」から目が離せない。(岡田浩明)

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