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「真っ暗な空 焼夷弾の雨」 横浜大空襲、生存者が証言

 先の大戦末期に米軍が大量の焼夷(しょうい)弾を投下し、3千人以上が死亡した横浜大空襲を生き延びた80代の男性2人が横浜市内で開かれた会合で、「晴れていた空が真っ暗になり、焼夷弾が雨のように降った」などと体験を語った。今年は戦後75年。有識者からは「戦争体験者がゼロになる時代がそこまで来ている」と、記憶継承の重要性を訴える声も上がった。

 空襲は昭和20年5月29日午前9時すぎに発生。国民学校2年生で7歳だった柳下寿雄さん(82)は、米軍が攻撃目標の一つに定めた横浜市・東神奈川周辺の自宅にいた。家の庭に掘った防空壕(ごう)に避難すると、外から「ここにいたら危ないぞ」と怒鳴る声がした。

 壕を出て空を見上げると、空襲の黒煙で「真っ暗になり夜みたいだった。夕立のように降る焼夷弾が恐ろしかった」と振り返る。熱風の中を逃げ、空襲が終わって帰宅すると家は全焼、壕の内部も焼けていた。「あのとき、怒鳴ってくれた誰かのおかげで、私は今ここで生を享受している」としみじみと語った。

 このほか、平野清治さん(82)も、逃げ惑った避難経路を地図で示しながら体験を話した。

 「東京大空襲・戦災資料センター」の館長で一橋大の吉田裕名誉教授も講演し、戦争を体験した世代は人口の約9%になったと指摘。「体験を継承する上で、現在と過去が地続きでつながっていると意識することが重要」と強調した。

 会合は空襲のあった5月に開催される予定だったが、新型コロナウイルスの影響で10月に延期されていた。

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