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整然と並ぶ古代の政庁建物群 粕屋町の阿恵官衙遺跡 くしや須恵器出土、長官名も判明 27日まで企画展

政庁の建物跡が整然と並ぶ阿恵官衙遺跡=福岡県粕屋町(粕屋町教育委員会提供)
政庁の建物跡が整然と並ぶ阿恵官衙遺跡=福岡県粕屋町(粕屋町教育委員会提供)

 飛鳥時代から奈良時代にかけて、現在の福岡県糟屋郡一帯を治めていた「筑前国糟屋評(かすやのこおり)(郡(こおり))」の役所跡とされる国指定史跡「阿恵官衙(あえかんが)遺跡」(粕屋町阿恵など)を紹介する企画展が町立歴史資料館(同町若宮)で開催されており、町民らが「郷土の古代ロマン」に思いをはせている。(九州総局 永尾和夫)

 遺跡は平成26年、九州大学が伊都キャンパス(福岡市西区)へ移転したことに伴い、同大農学部付属農場を売却するために調査をしていて偶然発見された。

 同28年まで発掘調査をしたところ、規則的に並んだ柱穴や道路、土器の破片などが見つかった。建物跡は47棟が確認され、55メートル四方の政庁跡や税として集めた米を蓄えた正倉(しょうそう)群跡も出土した。

 さらに九州を統治した大宰府と都を結ぶ官道と直角に交わる形で、一直線に伸びた古代道路も確認された。この道路は幅21メートルで、道路脇には側溝が整備されていた。交通の便を考慮した立地で、発掘に当たった粕屋町教育委員会は7世紀後半から8世紀にかけての古代の役所・官衙跡と判断した。広大な敷地に政庁、正倉、古代道路などが把握でき、当時の地方官衙の変遷を考える上で重要な遺跡と評価され、今年3月、4・5ヘクタールが国史跡に指定された。

 同町教委によると、698年の鋳造とされる京都・妙心寺の鐘(国宝)に「糟屋評造(かすやのこおりのみやつこ)舂米連廣國(つきしねのむらじひろくに)」という名が刻まれており、糟屋評の長官だった人物の一人が判明していた。今回、この長官の執務地が確認されたことになり、同町教委は「ここまで具体的に分かっているのは全国でも数少ない」という。

 「評」は、701年の大宝律令制定後は「郡」と呼ばれるようになった。筑前国は15の郡があったが、これまで位置が確認されたのは早良郡(福岡市)だけだという。

 今回の企画展で展示されているのは、役人が使ったとみられる出土品約20点。須恵器などの土器のほか、中国から輸入された青磁破片などを展示。身なりを整えるために使った木製くしや鉄製かんざし、墨が残ったすずり4点などもあり、当時の役人の生活ぶりをしのぶことができる。

 4回建て替えられたとみられる政庁、正倉群の模型やパネルを交えて、当時の様子を説明している。

 同町教委は来年度中に遺跡の保存活用計画を策定する方針。

 同町教委社会教育課の西垣彰博主幹は「大学の農場だったため、開発されずに原風景がしのばれる貴重な遺跡だ。古代のロマンを楽しんでほしい」と語っている。

 企画展は今月27日まで。入場無料。

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