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【大場一央の古義解】度会氏 「神道思想」を生んだ外宮神官家

 神は垂るるに祈祷(ねぎごと)を以て先と為す。冥は加ふるに正直を以て本と為せり 『倭姫命世記(やまとひめのみことせいき)』

 現代まで続く伊勢神宮を頂点とする神道思想「伊勢神道」は鎌倉時代に成立したとされる。その思想内容は、代々伊勢神宮外宮(げくう)の神官を務めた度会氏の手によって著された『神道五部書』と呼ばれる五つの書物に見て取れる。

 五部書については、度会氏が外宮の内宮(ないくう)に対する優位を説くための著作であるとする解説がある。もちろんそうした側面もあろうが、後世に与えた思想的価値は別にあった。

 神道は元来、「神ながら言挙(ことあ)げせず」として、視野の狭い人間が目先の賢(さか)しらな議論で国を乱すことを嫌い、古(いにしえ)のままに祭祀を継承することによって神の加護を祈ってきた。しかし、五部書では、神道と日本の関係性について「言挙げ」する。度会行忠(ゆきただ)や家行(いえゆき)ら外宮神官はなぜ、このような行為を始めたのか。

 鎌倉期、日本民族の正統な統治者である皇室は親子兄弟の争いによって権威を失い、貴族たちは伝統を無視して新奇な流行に飛びついた。また、そうした朝廷勢力から離れ、「道理」に基づいた統治を実現した鎌倉幕府でさえも、陰惨な権力争いによって後ろ暗い翳(かげ)がつきまとう。

 仏教は輪廻転生や来世という世界観で人間を家族や共同体から切り離し、その中で悩める「個人」の救済を一手に引き受けていた。また、同じく外来の文物だった漢学も、国家統治システムの中心を担っていた。

 新奇なもの、外来のものに囲まれ、そこかしこで自己主張が行われる華やかさはあった。一方、みな孤独で、不安で、そわそわしていた。その姿は現代と何も変わらない。そんな中で、神道は、自らの存在意義を具体的に説明することができなければ、「神仏習合」という仏教思想に飲み込まれ、やがて消滅しかねないような、危機的状況にあった。

 度会氏が立ち上がったのはこのような時代だった。

 『五部書』を通じて明朗に宣言されたのは、「らしくあれ」ということだ。

 君は君らしく、臣は臣らしく、父は父らしく、子は子らしくあってこそ、人は人を安心して信用できる。人は生まれながらにして立場や役割を正直に感じ取る「丹(あか)き心」を持っているからである。しかし、それがわがまま心や功利心という「黒(きたな)き心」によってゆがめられ、理屈によって正当化され、次第に我利我利亡者になって世の中がおかしくなってくる。

 「黒き心」を神への祈りによって祓い清め、「丹き心」による役割に徹した生活をすることで、人は本当の安心を得られる。神々はそうした一人一人の生活を通じて国家の安寧を実現する。冒頭に引いた「神は祈祷によって御姿を顕わし、加護は正直な心に下される」とはそのような意味である。一人一人の正直な心と生活こそが「神ながらの道」であり、「日本」の姿であると宣言した。

 確かに「左を左にし、右を右にせよ」「元を元にし、本を本にせよ」と漢籍の言葉を借りてはいる。ただ、ここにおいて、観念的な議論や宗教的な教説を敢えて排し、一人一人の生活における素直な心に真実と力を約束する「神道」が誕生したのだ。

 神道とは、人倫の中に道を見いだす日本人の思想の母胎であり、そしてそれは「日本」そのものなのである。

                  ◇

【プロフィル】おおば・かずお

 昭和54年、北海道札幌市生まれ。早稲田大文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。早大非常勤講師。著書に『心即理-王陽明前期思想の研究』(汲古書院)など。

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