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【デザインで人と人をつなぐ 松岡恭子の一筆両断】都心の役割と交流を考えるチャンス

 人と人が出会う喜び。顔をあわせ、声を掛け合い、体験を共有する楽しさを生き物である私たちは失うわけには行かない。そう気づかされたこの数カ月でした。原始にまで遡(さかのぼ)れば、人間が集まって暮らすのは野生動物や自然環境から身を守るためでしたが、今は逆に、集まることに危険が潜む事態になってしまいました。より良い都市空間を考えるのが仕事である私は、人が集まるからこそ成立する「都心」という場所について改めて考えることになりました。

 新型コロナ禍の前から「都心はそろそろ変わる」と思われていました。リモートワークが広がれば人数分のデスクが要らなくなり、オフィスの必要面積が減るのではないか、ネットショッピングの普及はリアル店舗の数を減らしていくのではないか、など誰しも感じていたことです。都心の存在価値がだんだん薄れていくのかもしれないと思った人は、さらにコロナ禍のせいで急増したはずです。天神ビッグバンの大規模再開発を進める協議会のコンサルティングをしてきたこの5年間、今後の開発には新しい公共性を埋め込む必要があると言い続けてきました。オフィス、商業、ホテルなど「稼ぐ」場に加え、一見「稼がない」ように見えても、そこで働きたい、そこをうろうろしてみたいと思わせる何かを設置していかなければリアルは衰退しかねないと危惧していたからです。通勤せずとも仕事ができ、店に出向かずとも物品が自宅に届くとなると、都心の役割と価値はどうなっていくのでしょうか。

 都心という物理的場は無くなるのだろうか。いや、無くして良いのだろうか。私はそうは思いません。日々の暮らしや仕事という日常に対し、非日常の楽しみは現代人の心にしみ込んでいます。またオフィスも業務だけでなく、社員同士のコミュニケーションのように定量化しにくい事象の場でもあります。心を震わせる文化や芸術との出会い、教養を深めたり、新しいスキルを得たりする学びの喜びにも、リアルな交流を基軸にした方が楽しい場合があります。公共交通機関が充実し、集まりやすい都心だからこそやれることがあるのです。

 出社するオフィスビルには鳥がさえずり緑豊かなテラスがあちこちに設けられ、早朝から気持ちよく仕事ができる。隣のビルの最上階で博多湾を眺めながらランチを楽しみ、休憩時間は向かいのビルのライブラリーで趣味の本を開く。ビルの1階にある広場には三日おきに有機野菜マルシェが立ち、そこで買い物をして家族と安心な食卓を囲む。各ビルにある美術ギャラリーを毎週チェックして若いアーティストの作品に触れ、月に一度は夫婦でジャズ演奏や落語を聴きにいく。街全体を楽しめるそんな都心ならば事務所を構えたくならないでしょうか。

 コロナ禍の影響もあり、福岡市の人気の商業地域、天神や大名の路面店にも空室が現れ始めました。そこでその空室を利用し、これまでになかった社会実験を行うことにしました。空き店舗を短期で借り、いわゆるポップアップストアをオープンする内容なのですが、肝心なのは中身、ポストコロナ時代の新しい交流を生み出すコンテンツがつくれるかどうかです。私は以前から、九州の玄関口である福岡市に九州の魅力を知り、理解を深めるような場所が少ないと感じていました。九州は焼き物王国と言われ、食物や酒類にも有名な産地がありながら、それらを一度に見たり、比較したりできる場所はありません。私自身、恥ずかしいことに八女茶と知覧茶の違いもわかりません。

 そこで一見無関係に思われる異分野を組み合わせ、各分野を代表する人物にプロデューサー役を依頼し、シナジーを狙ったコンテンツを入れることを構想しています。例えばスイーツと焼き物と書物、例えば音楽とアートと農業。すでに九州にある地域性豊かな仕事や活動が、お互いの関連を発見し、その触発から新たな協同が生まれる場のイメージです。参加者からすると単純な購買や飲食ではなく、九州の恵まれた風土に愛情が深まるような組み合わせもあれば、そこで起こる即興演奏を楽しむようなイベントにも参加できる。その時、その場でしか生まれない「交わり」が例えば5カ所で同時に立ち現れると、何カ所かをホッピングし街での滞在時間も長くなる。そういう実験を通して都心の可能性を探求したいのです。

 それを後押しするのは、現代のキーワードの一つになっている「多様性」「共感」「ストーリー」。今まで体験したことのない広がりある歓び、文化軸がしっかり通った深味のある混(こん)沌(とん)、そこから生まれる邂(かい)逅(こう)が描くエンドレスなループ。この実験が街の将来を描く種になり、これからの大規模再開発のヒントになり、そして九州各地の中心市街地のまちづくりにも役立つものになることを夢見ています。そして「九州はひとつ、One Kyushu」への取り組みの一つとして、九州に住む私たちがもっと九州を深く知る機会にしたいと考えています。今秋開催予定なので、次回のコラムでまた詳細をお伝えしたいと思います。

                  ◇

【プロフィル】松岡恭子

 まつおか・きょうこ 昭和39年福岡市生まれ。福岡県立修猷館高校、九州大学工学部卒。東京都立大学大学院、コロンビア大学大学院修士課程修了。建築家。設計事務所スピングラス・アーキテクツ代表取締役および総合不動産会社、大央の代表取締役社長。NPO法人福岡建築ファウンデーション理事長も務め、建築の面白さを市民に伝えている。今年6月より、一般社団法人都心空間交流デザイン代表理事。

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