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【大場一央の古義解 言葉で紡ぐ日本】(6)上杉鷹山

 国家は先祖より子孫へ伝(つたえ)候(そうろう)国家にして、我私すべき物には無之候(これなくそうろう)『伝国の辞(でんこくじ)』

 米沢藩=現・山形県=の藩政改革を成し遂げたことで名高い上杉鷹山(1751~1822)は、日向国=現・宮崎県=の中部、高鍋藩で生まれた。父、秋月種美や兄、種茂も高鍋藩の名君として知られ、士民を問わず広く学問を奨励したことから当地には「高鍋で学者ぶるな」との言葉が残る。

 鷹山が養子として入った上杉家は、深刻な財政難で苦しんでいた。明和4(1767)年、家督を継ぐとすぐさま改革に着手する。寛政年間(1789~1801)に鷹山が説いた施政方針をまとめた『夏の夕』からは、「できることをやる。できないことには手を出さない。最初に成果と時期を決め、逆算して段取りを組み、状況に応じて修正していけば、必ず成し遂げられる」などとする当時の改革方針がわかる。

 改革というと、目先の政策やバランスシートにこだわりがちだ。ともすれば数字に目が行きがちだが、それを作っている人間の思い込みが、国民に不要な負担を強いる。かくて、改革は人災となる。鷹山は事業の成否は、緻密な政策論ではなく、それを実行する人にあることを鋭く指摘する。

 鷹山は歴史上、鳴り物入りではじまった改革が、そうした理由から単に注目を集めただけで国益には資さず、かえってあざけりを招くことが多いことを知っていたのである。

 そこで、鷹山は儒教の祖、孔子の言葉を引き合いに出してこう訓示する。

 物事に緊張感をもって取り組めばまずうまくいくものだが、大抵油断していい気になってダメになる。うまくいくほど謙(へりくだ)って仕事に打ち込めば際限なく福徳が増大する。天や神が福徳を授けるのではない-。

 そうした謙虚さは、冒頭に引いた「国家は先祖から子孫へ伝えられた国家であって、為政者の私物ではない」という心構えがあってこそ、生まれてくる。『伝国の辞』は聞こえがよい単なるスローガンではない。

 部下だけではない。輿入(こしい)れする孫、参姫にも「立ち居振る舞いの根本に誠(まこと)があれば、必ず民は感化される。民の父母となるということ以上の楽しみはほかにない」などと説いた。

 謙った仕事ぶりや、誠とは『伝国の辞』の具体化であろう。鷹山は、この精神になりきり、より高度な楽しみを味わえ、と言っているのである。

 鷹山が遺(のこ)した言葉には、端々に儒教の典籍が引用されている。幼少期からの修養を経て、自己流に咀嚼(そしゃく)したものだ。高鍋の血がここに生きている。こうして立て直した米沢藩の人々を評して、最後に鷹山は無上の満足感を味わった。

 「今日の御国体…何一つ他へ可恥事(はずべきこと)も無之候」(今日の藩のありさまは、何一つ、恥ずべき所はない)

                  ◇

【プロフィル】おおば・かずお 昭和54年、北海道札幌市生まれ。早稲田大文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。早大非常勤講師。著書に『心即理-王陽明前期思想の研究』(汲古書院)など。

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