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相模原殺傷 「内なる優生」で済ますな 障害者運動に詳しい立命館大教授・立岩真也氏に聞く

 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」殺傷事件で、判決が確定した植松聖(さとし)死刑囚(30)は、犯行動機を「意思疎通のできない人の安楽死」と言う。だが本人の意思に関係なく死なせるのは、安楽死ではなく殺人です。当たり前のことであり、植松死刑囚の言動には興味がありません。

 ただ植松死刑囚が語る「このままでは社会が持たない」という危機感は、われわれの社会に色濃く広まっている。私は無駄な危機感だと考えます。

 ◆できることたくさん

 例えば心配されている一つは、人手不足。確かに労働力が減れば、人類に必要な消費物が生産できなくなる可能性はある。一方、高齢でも働ける人が増えている。定年後も働きたい人、さらに働きたい女性が十分に働けるようにしたら良い。一つ一つ事実を積み上げて考えるべきです。

 極限状況で、船から誰かを下ろさないと全員が沈む場合、誰から下ろすべきか、という生命倫理学の救命ボート問題の問いがある。論理的に局所的にそういうケースは生じ得ます。

 だが、この社会は本当にそんな状況なのか。事実を見ていけば、そうではないと分かる。まれに起こる危機も減らせるし、乗り越えられる。不要な危機感を抱く必要は全くないのです。

 事件では、優生思想が話題になりました。誰にでもある、逃れがたい「内なる優生思想」と。その通りですが、気持ちの問題で話が終わりがちです。私は、施設にいる障害者が地域で暮らすための支援に関わっていますが、現実にできることはたくさんあります。

 ◆道筋は見えると信じ

 また植松死刑囚への反論として「障害者は明るく元気に生きている」といったことが言われます。多くは事実だし意味もありますが、植松死刑囚は「違う人もいる」と言うだけでしょう。それに明るくも元気でもない障害者は、かえってしんどくもなる。

 命の価値を線引きし、否定されたとき、何か別の良いものを持っていないと駄目なのか。障害者運動の一部の人たちは「とにかく殺すな」「自分たちのことを勝手に決めるな」と言いました。存在することに理由などいらない、と。この原理主義は、正しいと思う。

 障害者運動には、原理原則を大切にしながら、現実にお金や制度を獲得してきた歴史がある。2つの間で悩みながら進んだ彼らの歩みを精錬すれば、道筋は見えると信じています。

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【用語解説】優生思想

 身体的・精神的に優れた能力を持つ人間の遺伝子を保護し、逆にこれらの能力が劣っている人間の遺伝子を排除し、優秀な人類を後世に残そうという極端な思想。人種差別や障害者差別を理論的に正当化することになったといわれる。

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【プロフィル】立岩真也氏

 たていわ・しんや 昭和35年、新潟県生まれ。立命館大教授・同大学生存学研究所長。

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