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【大場一央の古義解 言葉で紡ぐ日本】(4)貝原益軒 問い直す姿勢の大切さ

 貝原益軒(かいばら・えきけん)

 大いに疑へば大いに進むべく、小(すこ)しく疑へば小しく進むべし。疑はざれば進まず 『大疑録』

 日本の近世は、鎌倉時代初期に流入した朱子学とともに始まったといえる。

 朱子学を通じ、日本の支配層は、目の前の社会問題の背後にある本来的なありよう、すなわち「理(り)」の概念に初めて触れた。のみならず、それを偏らずに見つめられるよう、自身の内なる理、つまり「自分はどう生きるべきか」を問い続ける知的営みを知った。

 それまで単なる武装集団の一員だった「武勇の輩」は、知性によって厳しく自己と向き合うことで、模範的人間である「武士」となる。

 ただ、朱子学の流行にしたがって、理をふりかざして説教を繰り返す「道学者先生」も誕生した。儒教の悪いイメージは大抵彼らの所産だ。

 そんな中、本来の朱子学、すなわち徹底して読書・思索し、問い直す姿勢を持って生きることの大切さを教えてくれるのが、福岡藩士の朱子学者、貝原益軒(1630~1714)だ。

 『和俗童子訓(わぞくどうじくん)』『養生訓(ようじょうくん)』のように平易な教訓書をのこす傍ら、『大和本草(ほんぞう)』『筑前国風土記』も著すなど博物学者、歴史学者としての顔も持つ。

 益軒の旺盛な好奇心と誠実な学識の根底にあったのが、徹底して疑い、調査し、思索する朱子学の方法論だった。古くから港町として栄えた商都、博多で根付いた陽気な冒険心が朱子学をポジティヴに受容させたのだろうか。

 益軒は朱子学徒として生きることが、偏見なく物事を知り、世界を新たな発見で満たし、人生を豊かにする手段だという確信を持っていた。

 何気ない日常をとりまく花や鳥、季節の生活や世間との交際などはなぜ存在し、どうすればもっと心地よく、皆で楽しく生活できるのか-。「自ら楽しみ、人を楽しましむべし」(『大和俗訓(ぞっくん)』)。それが益軒のモットーだった。

 身の回りを自分の好きなもので満たすように、益軒は世界を調べ、縦横無尽に配列した。益軒にとって「理」を問うことは、楽しさそのものだった。そして、めいっぱい楽しむため、ストイックに問い続ける。

 益軒が目指したのは、知性に裏打ちされた、明るく力強い「個」の確立だった。その姿は「自我」に悩む「近代的個人」よりも素直で力強い。

 戦後、失われつつある先人の日本人観を思い起こすため、九州・山口の先哲や彼らに影響を与えた各地の思想家の言葉を、気鋭の儒学者、大場一央氏の解説で紡ぎます。

                  ◇

【プロフィル】おおば・かずお

 昭和54年、北海道札幌市生まれ。早稲田大文学研究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)。早大非常勤講師。著書に『心即理-王陽明前期思想の研究』(汲古書院)など。

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