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宮城さん死去 静岡知事「最も尊敬した女性」 上皇ご夫妻、平成最後にご再会

 21日に93歳で亡くなった宮城まり子さんは、昭和43年に旧浜岡町(現御前崎市)に障害児が生活しながら教育を受けられる「ねむの木学園」を設立し、以来52年にわたって障害のある子供たちの生活支援と教育に半生をささげてきた。

 国内で障害児教育の義務制が始まったのは54年度。宮城さんが国内初の障害児養護施設である同学園を設立したのは、その10年以上も前のことだ。同学園は54年、学校法人として認可され、平成9年に現在地の掛川市に移転。11年には同地に健常者から障害者までさまざまな人が共同生活を送る「ねむの木村」が開かれた。

 30年11月には上皇ご夫妻の平成最後の県内ご訪問の立ち寄り先として同学園が組み込まれた。この私的ご旅行が実現したのは、上皇后さまが宮城さんとの再会を強く希望されたからだという。上皇ご夫妻は宮城さんの案内で、展示された園生の作品を見学、園生らの歌と踊りに拍手を送るなど、和やかな時間を過ごされた。

 39年間、宮城さんと仕事をしてきた同学園教諭の梅津健一さん(61)は「障害のある子供たちの健康状態を亡くなる直前まで気に掛けていた。子供たちの先生であると同時に母のような存在だった」と振り返り「障害のある子供たちに対する新たな教育を実践した人。肉親を亡くしたような思いだ」と悼んだ。

 梅津さんによると、宮城さんは18日に入院先の東京都内の病院で、自身の指揮で園生たちが歌う8月予定のコンサートを「絶対やらなきゃね」と話していたという。

 掛川市の松井三郎市長は「百歳を超えて生きて障害福祉にさらに尽力されると思っていたので、驚きと同時に残念でなりません」と追悼し「障害児への支援が十分でない時代から、自己を犠牲にして活動に取り組んでこられた」と功績をたたえた。

 宮城さんと親交が深い川勝平太知事は「私が20代から最も尊敬し、マザー・テレサに匹敵する素晴らしい女性。教育者として素晴らしく、政治を見る目は厳しく、平和を愛する気持ちはことのほか強かった」とその人柄をしのんだ。川勝知事は、園生らがこれまでどおりの生活を送れるよう、掛川市と連携して支援する考えを示した。

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