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戦国期の湾曲した堀跡出土 府教育庁・文化庁建設予定地 条坊制従わず 防御目的か 京都

 京都市上京区の府教育庁・文化庁の新庁舎建設予定地から、平安京の条坊制を無視した戦国時代の湾曲するなどした大規模な堀跡が複数出土し、府埋蔵文化財調査研究センターが発表した。当時、上京と下京に分かれていた市街地の中間の空白地にあたり、同センターは、当時の京都の町の在り方を示す資料とみている。

 平安京の左京一条三坊三町にあたる1280平方メートルを調査。この結果、東西方向の堀跡が3カ所で出土した。いずれも出土した土器などから戦国時代の16世紀前半に防御目的に設けられたとみられるが、3本が同時期に存在していたかは不明という。

 また当時の平安京の堀のほとんどは条坊制に従い東西南北の正確な方角性と直線的な構造が特徴だが、今回のうち2本は湾曲し、1本は南西から北東に向けて斜めに延びていた。

 このうち最も大規模な南端の堀は幅約5メートル、深さ2メートル。堀の南沿いから人頭よりひと回り大きい石が1列に並べられた形で出土。当時の地表面から1・5メートルの深さに据えられていたことから、塀などの高い構造物が想定され、堀の内側には寺院などが存在した可能性もあるという。

 応仁の乱後の京都は荒れ果てて、現在の上京区を中心とした上京と下京区を中心にした下京に生活基盤が集中し、今回の調査地にあたる部分は都市の空白地とされていた。

 このため同センター調査課の綾部侑真主任は「条坊制が敷かれた京内は道路も溝、堀も直線で区画されているが、条坊制に関係ない空白地では、施設を守るために堀が環状に設けられた可能性がある」としている。

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