PR

地方 地方

荒井館、敷地は台形だった 北側が91メートル、南より40メートル長く 大田原

 大田原市荒井、町島にまたがる室町時代(15~16世紀)の地方豪族の居宅跡「荒井館跡」の発掘調査で、土塁の一部や堀跡などから同館の範囲や規模が確認された。とちぎ未来づくり財団埋蔵文化財センター(下野市)が発掘調査を進めていた。複数の出土品もあり、戦乱の世に移っていった同地域の当時の様子を明らかにする貴重な資料となりそうだ。

 同センターによると、同館は土塁に囲まれ、さらにその外側には堀を巡らせていた。北と南東に土塁の一部が残っており、最も高い部分で高さ3メートル。堀は東西で確認され、上部の幅が約8~10メートル、深さ約2メートルで逆台形をしていた。

 同館跡全体は台形の形状をしていて、北が東西約91メートル、南が同約52メートルあることがわかった。土塁外側の堀からは16世紀前半の堝(るつぼ)や陶器などが出土した。

 昨年末に行われた現地説明会に参加した那須与一伝承館(大田原市)の重藤智彬(ともあき)主任学芸員は「戦国時代前期の歴史の解明につながってほしい」と話した。

 同館跡は明応3(1494)年、大田原康清が武蔵国から移り住んだ館か、それ以前に地元の荒井氏が築いた館とされている。同センターは「館跡の範囲や規模が確定できた。今後は内部にあった建物の範囲や構造を調査し、明らかにしていきたい」としている。(伊沢利幸)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ブランドコンテンツ