PR

地方 地方

【ミュージアム】新発田「清水園」 越後十万石大名の下屋敷

 越後平野北部の田園地帯を治めた新発田藩。その当主である溝口家の下屋敷(別邸)を整備したのが国指定名勝「清水園」だ。「越後から東北にかけて他に比を見ない名園」といわれ、年間約3万人もの庭園ファンが全国から訪れるという。

 かつて藩家老屋敷などにあったとされるかやぶきの大門をくぐり、約1万5180平方メートルもある広大な庭園に足を踏み入れた。明るく光る砂利を踏みながらしばらく歩くと、目の前に風光明媚(めいび)な京風庭園が広がった。中央に据えられた池の水面に杉や松の緑が映える。十万石大名の遺構に思わずため息が出た。

 「池は上から見ると、草書体の『水』の字の形をしているんですよ」。清水園園長の佐藤隆男さんが満足そうに話した。池の周りには5つの茶室が配され、池泉回遊式庭園となっている。池のほとりにたたずむ平屋の書院で、歴代藩主は池を愛(め)で、能を楽しんだ。いまでは来館者が座敷に上がり、その景色を眺めることができる。

 藩祖の溝口秀勝が新発田に入封したのは慶長3(1598)年。以来、廃藩置県を迎えるまで12代にわたり溝口家が統治した。下屋敷は元禄6(1693)年、4代重雄(しげかつ)のときに完成。昭和に入り、越後の文化遺産を伝える財団法人「北方文化博物館」が管理することになり、庭匠の田中泰(たい)阿(あ)弥(み)の手により現在の姿に。平成15年、国指定名勝となった。

 敷地内には、忠臣蔵で知られる赤穂四十七士の一人、堀部安兵衛の伝承館や新発田藩史料館などが入る「蔵の資料館」もある。藩祖のひ孫で新発田藩出身だった堀部の愛刀や印籠を展示。北越戊辰戦争の行方を左右した溝口家の歴史がひもとかれ、興味深い。

 新発田藩の「足軽長屋」(国指定重要文化財)と武家屋敷 「旧石黒家住宅」(市指定文化財)も隣接。畳に上がり当時の道具を間近に見ながら、江戸時代の武士たちの暮らしにしばらく思いをはせた。(池田証志)

                   ◇

 ◆清水園 新発田市大栄町7の9の32。電話0254・22・2659。新潟新新バイパス・新発田インターチェンジから車で約10分。JR白新線・新発田駅から徒歩約7分。開館は午前9時~午後4時半(3~10月は午後5時)。休園は1、2月の水曜日と年末。入園料は大人700円、高校・大学生600円、小中学生300円。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ブランドコンテンツ