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【年の瀬記者ノート】山形発 震度6弱の地震から半年 鶴岡の温泉街に高い防災意識

 「湯を管理するのが私の仕事」という鹿野さんだが、今野社長は「送湯管がなかったら、あつみ温泉は“銭湯”になっていた。温泉地ではなくなっていた」と述懐する。平成16年の新潟県中越地震では、道路などライフラインが寸断され、長岡市では廃業の危機に追い込まれた温泉地もあったからだ。

◆行政も素早く後押し

 復旧に動くあつみ温泉を行政も素早く後押しした。県と鶴岡市では、宿泊客に3千円をキャッシュバックする「GENKI割」をスタート。6月は平年に比べて55%にまで落ち込んだ宿泊客は、7月は1万2600人と90%、8月は1万3300人と88%にまで見事に復活した。

 地震からの復旧に向けた迅速な行動は、昭和26年に起きた「温海大火」が教訓にある。昭和26年4月16日夜、温泉街の民家から出火。日本海から吹き付ける強風によって火は広がり、全戸数427戸のうち旅館を含む251戸が全焼する大火に見舞われた。

 大火後、地元旅館「萬国屋」の本間儀左衛門社長(当時)が「源泉の貯湯槽を共同で作り、安定供給を目指そう」と地元住民らとの共同出資で「温海温泉源泉有限会社」を設立。源泉を集中管理し、安定的な供給を続けてきた。

 あつみ温泉は令和3年に開湯1200年を迎える。あつみ観光協会の阿部麻由子さん(34)は「地震から立ち上がろうではなく、もう立ち上がっています。私たちは、2年後のイベントをどうしようかと考えているところです」と力を込める。

 温海大火以後、自然と高まったという防災意識。その高さこそが非常事態に前を向く力を生むと感じた。 (柏崎幸三)

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