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日韓基本条約調印に尽力 椎名家資料、初の一般公開 悦三郎没後40年調査シンポも開催 奥州で21日から

初めて一般公開される公開された椎名家資料「韓国大統領宛日本国内閣総理大臣所管写」(石田征広撮影)
初めて一般公開される公開された椎名家資料「韓国大統領宛日本国内閣総理大臣所管写」(石田征広撮影)

 外相として昭和40年に日韓基本条約の正式調印に尽力した奥州市(旧水沢市)出身の政治家、椎名悦三郎(1898~1979年)の足跡を裏付ける物証が多数含まれる椎名家資料の一部が21日、奥州市の後藤新平記念館で初めて一般公開される。同日には記念館に隣接する後藤伯記念公民館で「椎名悦三郎没後40年 椎名家資料調査シンポジウム」が開催される。

 椎名悦三郎は内相、外相などを歴任した後藤新平のおい。昭和30年に旧衆院岩手2区で初当選し、通産相や外相のほか、自民党の政調会長、総務会長、副総裁などの要職を歴任した。49年には、自民党副総裁として下した「椎名裁定」で三木武夫首相を誕生させたことでも知られる。

 今回公開されるのは約20点。昭和49年、在日韓国人の文世光が大阪の派出所から盗んだ拳銃で朴正煕(パク・チョンヒ)大統領を狙撃、陸英修(ユク・ヨンス)夫人が死亡した文世光事件で、特使で訪韓した際に持参した「韓国大統領宛日本国内閣総理大臣書簡」の写しもある。

 椎名家資料は悦三郎の次男で参院議員だった椎名素夫氏の遺族から平成29年に奥州市へ寄贈された。すべて戦後の資料で、段ボール箱百数十箱に上る。悦三郎に関するものは30箱分で、奥州市教育委員会と専門家による「椎名悦三郎・椎名素夫研究会」(代表・伏見岳人東北大教授)が調査研究を進めている。21日のシンポジウムでは、研究会の伏見代表と麻田雅文岩手大准教授がこれまでの調査研究の成果を報告する。

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