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【群馬県民の警察官横顔】(下)大泉警察署生活安全課係長・坊野守警部補(58) 尾行や監視「狩猟本能が騒ぐ」

 「本当は小学校の先生になりたかったんです」。不合格となった教員採用試験の再受験を目指していた短大在学中、校内で起きた窃盗事件を捜査していた刑事に声を掛けられた。

 「警察官にならないか」。刑事の捜査や犯人検挙の手際を見ていた。警察官採用試験には合格し、昭和57年10月に巡査を拝命。初任地は大泉署で派出所勤務だった。

 留置管理を担当していた60年8月、乗客乗員520人が亡くなる日航機墜落事故が発生。藤岡市民体育館に運び込まれる遺体の身元確認作業に追われた。

 密閉され、強烈な腐臭と暑さに満ちた館内で遺体と向き合った。当時はDNA鑑定もなく、遺体の一部を病院へ運んでレントゲン写真を撮り、歯を抜き科学捜査研究所へ送った。

 「若かった。遺族に慰めの言葉もかけてあげられなかった」。だが、この強烈な体験をしてからは、どんな現場でもうろたえることはなくなった。

 長野原署に勤務していた平成7年3月、東京で地下鉄サリン事件が起き、署の管内にオウム真理教信者が出入りする「サティアン」があることが分かった。浅間山麓に監視小屋を建て、ワゴン車で寝泊まりしながら約1年、交代で見張った。

 住民に危害が及ばないか。サリン製造などが行われていた山梨県上九一色村(現富士河口湖町)から信者が逃れてこないか-。神経をとがらせた。「夜の星は美しかったけれど、真冬は心底寒かった」

 勤続約37年の約3分の2は生活安全部門を歩んできた。

 暴力団や外国人組織が絡む薬物犯罪は一筋縄ではいかない。イラン人グループが国道50号沿いで大麻などを密売していた事件は、根気強く張り込みと内偵捜査を続けて逮捕に至った。そこから2年をかけて、富山で大麻などを売りさばいていたロシア人組織にたどり着いた。

 「狩猟本能が騒ぐというか、尾行したり売人を監視したりするのが性に合っていた。時間はかかるが、解決したときの達成感は最高」

 生活安全部門は少年犯罪も扱う。荒れていた館林市内の中学生たちを補導後、農場経営者のもとに連れて行き更生させたこともある。「その後、駅伝選手で活躍した少年もいたんですよ」。教師のような顔で語る。

 歯がゆいのは振り込め詐欺事件だ。犯行は悪質、巧妙で証拠も残さないため、犯人グループの上層部にはなかなかたどり着けない。「とにかく、だまされないよう注意してほしい」

 「今後は地域の人たちと防犯活動をしていきたい」というが、心残りは家族のことだ。

 「夜勤続きで家族サービスの朝に呼び出されることも多く、一人息子には寂しい思いをさせた。申し訳なく思っている」

 息子は警察官の道には進まなかったが、公務員として頑張っている。 (橋爪一彦)

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