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【東京五輪・パラ 輝け!ちばのアスリート】車いすテニス男子・斎田悟司(47)

 ■「楽しさ」伝えるのが使命

 「パラリンピック出場は、来年6月までの大会成績によるランキングで選考される。対象大会に出て、ランキングを上げていくが、4位までに入らないと厳しい。ダブルスもシングルスで選ばれた4人で組む。なんとか4位以内のランキング入りを果たしたい」

 6大会連続でパラリンピックに出場した車いすテニスの国内トッププレーヤーの目標は7度目となる東京大会への出場。「ここまで車いすテニスに没頭するとは思わなかった」と苦笑いを浮かべる。

 12歳のとき、骨肉腫で左足を切断した。その後、車いすバスケットボールのチームに所属。チームメートとともに車いすテニスの講習会に参加したことがきっかけとなり、14歳から車いすテニスを始めた。

 「最初はバスケットとテニスの両方をやっていたが、チームメートがテニス寄りになり、バスケットをやめた。当時はバスケットをやりたくてチームに入ったが、チームがなくなり、仕方なくテニスに移った」と振り返る。

 平成8年のアトランタ大会でパラリンピックに初出場。15年には、国際テニス連盟が選出する世界車いすテニスプレーヤー賞を日本人選手で初めて受賞した。国内の車いすテニス界を牽引(けんいん)し、優れた車いすメーカーがあることから11年に千葉県に転居した。

 テニスの魅力について「ボールを打つのが難しいところ。車いすは前後には動けるが横には動けず、真っすぐにきたボールはなかなか打てない。高いバウンドもジャンプができない。難しいところをクリアできれば楽しさが分かる。健常者と一緒に楽しめることも魅力の一つかな」と語る。

 試合を第一優先に、今まで車いすテニスの経験がない人を対象に講習会も実施している。「自分が講習会を受けてテニスを始めた。車いすテニスを知らない人たちに対して、車いすテニスの入り口を作ってあげるというのが自分の大事な使命。いかに車いすテニスの楽しさを伝えられるかが大切だ」と話す。

 「テニスは自分の人生みたいなもの。最大の目標である来年のパラリンピックには、必ず出場したい」。7度目の大会出場に向けて闘志をみなぎらせている。(平田浩一)

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【プロフィル】斎田悟司

 さいだ・さとし 昭和47年生まれ、三重県四日市市出身。四日市大卒。千葉県在住。県車いすテニス協会所属。パラリンピックは平成8年のアトランタから28年のリオデジャネイロまで6大会連続出場。国枝慎吾(柏市出身)と組んだ男子ダブルスで16年のアテネで金メダル、20年の北京とリオで銅メダルを獲得した。

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