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【坂東武士の系譜】第4部・激動の時代(35) 佐野宗綱 血気の元日出陣、須花坂に散る

 宗綱戦死が転換点となった。軍記物では血気盛んな若者として描かれている。元日に出陣し、北条派の足利・長尾顕長と戦い、須花坂(佐野市下彦間町)に散った。従来、天正13年とされたが、最近は天正14年説が有力。家中は北条氏から養子を迎えようとする重臣・大貫氏と、佐竹氏から迎えたい宝衍らが対立。結局、北条氏康の六男・氏忠が宗綱の婿養子の形で佐野氏を継いだ。宗綱は28歳前後。娘は幼少だった可能性もある。氏忠は宗綱より10歳上で、妻子もいた。形ばかりの婿養子、事実上の乗っ取りだった。

◆佐野宗綱(さの・むねつな) 1558?~86年? 佐野昌綱の嫡男。

 参考文献は、「戦国唐沢山城」(出居博、佐野ロータリークラブ発行)など。

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