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海上交通を守るために-大戦の教訓-(下) 戦後初の船団護衛

2009年6月、ソマリア沖で日本の貨物船を護衛する海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」(手前)
2009年6月、ソマリア沖で日本の貨物船を護衛する海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」(手前)

 ■「第2の終戦」ソマリア沖に海自艦派遣 今もか細いシーレーン 「日本人は海に生きている」

 戦後、「日の丸商船隊」はよみがえった。保有する商船の規模は、昭和30年代後半に戦前の水準を超え、高度成長を支えた。

 その裏で、海上自衛隊と海運業界は断絶が続いた。

 「商船の船員には『戦争では海軍に都合良く使われ、護衛もないまま見捨てられた』との思いが強くある。この確執は、簡単にぬぐえないものだったのでしょう」

 「戦没した船と海員の資料館」(神戸市)研究員の大井田孝氏(77)は、こう分析する。

 海上護衛戦は、先の大戦の大きな反省だが、海自と海運の両者が協力した訓練すらできなかった。

 「商船護衛の演習はやりましたが、海自の艦艇を商船に見立て、周囲をどう囲うかなど動き方を訓練するだけ。極端な言い方をすれば、羊の生態を知ることなく、羊飼いの訓練をするようなものでした」

 元海将補で、笹川平和財団特別研究員の中村進氏(67)は、こう振り返った。

 「羊」は何度も危機にあった。1973(昭和48)年の第4次中東戦争では、日本郵船の貨物船「山城丸」がシリアのラタキア港で、戦闘に巻き込まれた。

 山城丸を挟んで、シリアとイスラエル海軍が砲火を交わした。ミサイルが直撃した山城丸は、沈没こそ免れたが、そのままスクラップ解体された。爆発で2メートル吹き飛ばされた船員もいた。全員、無事に帰国できたのは奇跡的だった。

 イラン・イラク戦争(1980~88)でも、危険と隣り合わせだった。

 両国ともに、ペルシャ湾を航行中のタンカーや貨物船を無差別に攻撃し、「タンカー戦争」と呼ばれた。

 日本の定期傭船を含む、300隻以上が被害を受けた。米国や欧州各国、ソ連などは軍艦を派遣し自国の商船を護衛したが、海自は何もできなかった。

 「本来、助けに行くのが仕事ですが、法律で守らせてくれないのですから、海自には、半分あきらめに似た気持ちがありました。国会は55年体制でしたし、無理だよね、と」

 当時、海上幕僚監部などにいた中村氏は語った。

 ◆乗組員に安心感

 平成21年、この状況をソマリア沖の海賊対処活動が変えた。海上自衛隊が2隻の護衛艦を派遣し、日本のタンカーなどを間に挟んで護衛する。終戦以来、初めての「船団護衛」だった。

 ソマリア周辺海域では、機関銃やロケット砲などで武装した海賊が、身代金目的に商船を乗っ取る被害が激増していた。日本の海運会社が運航する商船も、襲撃されたり、乗組員が人質にとられたりするケースが相次いだ。

 米国や欧州各国は海軍の派遣を決めた。

 海運会社でつくる日本船主協会と、船員や海事労働者が加盟する全日本海員組合は21年1月、政府に海上自衛隊の派遣を強く要請した。

 当時の麻生太郎政権は、新法を制定する猶予はないと判断した。21年3月、自衛隊法の「海上警備行動」に基づいて護衛艦を派遣した。

 海上警備行動の場合、海賊が商船に近づいただけでは射撃ができない。他国の船は守れないなどの制約もある。自衛隊OBによると、当時の浜田靖一防衛相は「現場に過度な負担をかける」と、閣内で最後まで反対したという。

 こうした不備を改善しようと21年6月、海賊対処法が制定された。派遣の根拠をこの法律に切り替え、現在も、他国の海軍と協力して、護衛は続く。

 同月、日本船主協会の中本光夫理事長が、同協会ホームページのオピニオン欄にこう記した。

 「海上自衛艦2隻の呉基地からの出航を見送りながら、本当に有難(ありがと)うと思った。(中略)自国の艦船に守られる乗組員の安心感は如何(いか)ばかりであろう」

 中村氏は海自にとっても、有意義な任務だったという。

 「商船は大きさもスピードもバラバラ。軍艦と舵の効きも違う。そうした商船の特性を学べたし、何より、海運関係者とのパイプができた。今後、ほかの海域で船団護衛が必要になったとしても、このノウハウを生かせるはずです」

 ソマリア沖の活動を、海運関係者は「第2の終戦」と呼ぶ。

 ◆相次ぐトラブル

 日本は、原油の9割を中東から輸入し、その多くがイラン沖のホルムズ海峡を通る。

 今年6月、日本の海運会社が運航するタンカーが、同海域で攻撃された。その後も、タンカーの拿捕(だほ)や、航路の妨害など、トラブルが相次ぐ。米国は商船護衛の有志連合を、各国に呼びかける。

 今後、緊張が高まり、船団護衛が必要になる可能性は、決して低くない。

 日本船主協会の担当者は「今はまだ、船団護衛を求めるほど、事態は緊迫していないと思うが、どう転ぶか分からない。状況を注視している」と述べた。

 日本の商船に危険が迫ったら、再び不備の多い「海上警備行動」で海自を派遣するのか。それとも、時間をかけてまた、新たな法律を制定するのか-。

 米国が敵国から同盟国になったとはいえ、日本は民間商船を守るため最善を尽くしているとは言い難い。

 戦時中、多くの仲間を失った元商船員、小山田博氏(96)は、取材にこう答えた。

 「日本人は海に生きています。当時から何一つ変わりません。その認識は皆さんにありますか?」

 日本国民の生活を支える海上交通路(シーレーン)は、国民の想像以上に、か細い。

                   ◇

 この連載は山口支局・大森貴弘が担当しました。

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