PR

地方 地方

【書と歩んで】(3)中国大使館文化部賞・梅山翠球さん 無心に生きる思い込め

「人に何かを伝えることができるような字を書きたい」と話す梅山翠球さん=横浜市金沢区(太田泰撮影)
「人に何かを伝えることができるような字を書きたい」と話す梅山翠球さん=横浜市金沢区(太田泰撮影)
その他の写真を見る(1/2枚)

 「ここまで続けてきてよかった」。梅山翠球さん(71)は受賞の喜びを、こう笑顔で語った。「にはち」と呼ばれる書道紙(約60センチ×240センチ)に書き上げたのは、近現代の日本を代表する詩人、高村光太郎(1883~1956年)の「冬の言葉」。厳しい冬の情景に人生の苦難や苦悩を重ね合わせ、それらを乗り越えていくことの意義深さをつづった。

 出身の新潟県五泉市は、冬の寒さが厳しい土地だったという。「冬の言葉」には、「冬は凩(こがらし)のラッパを吹いて宣言する 人間手製の価値をすてよと」との一節がある。

 日本海側の冬は、いつ晴れるとも知れぬ鉛色の雲が空を覆い、身を切るような風が吹きすさぶ。書き上げた「冬の言葉」には、そうした自分自身の冬のイメージも投影されているという。「人によって色々な解釈ができる詩だが、自分は『人生は厳しいけれども、自然のように無心に生きなければ』という思いを込めた」と振り返る。

× × × 

 筆とすずりで脳裏をよぎるのは、幼少のときの記憶だ。昔ながらの茶の間で、母が小筆を使って手紙などをしたためていた姿が、今でも印象に残っている。

 本格的に書道を始めたのは、長女が小学校に入学したころ。学校の保護者会で、書家の永島南翠氏(全日本新芸書道会常任理事、21世紀国際書会専管理事)と知り合ったことが、きっかけだった。永島氏が書く字の美しさに魅せられ、「ぜひ自分にも書道を教えてほしい」と頼み込み、長女と一緒に教室に通った。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ブランドコンテンツ