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【東北の風】宮城 日本一の“熱気”をもう一度

 腹の奥底にまで振動が伝わるような大歓声を聞いたのは、あのときが初めての体験だった。

 平成25年11月3日、巨人を相手に行われたプロ野球の日本シリーズ第7戦。九回にリリーフとしてマウンドに向かった楽天の田中将大投手(現大リーグ、ヤンキース)を、本拠地・Kスタ宮城(現・楽天生命パーク宮城)を埋めた満員のファンは大歓声で後押しした。最後の打者を空振り三振に仕留めた瞬間、選手たちは歓喜の輪を作った。球団創設初の日本一。それは、23年に発生した東日本大震災で失意にあった東北の人々に、希望の灯をともした瞬間でもあった。

 「震災で苦労なさっている皆さんを見て、日本一になってみんなを癒やしてあげたい、それを信じてやってきました」。当時監督を務めていた星野仙一氏が優勝インタビューで声を張り上げたその姿は、今でも脳裏に焼き付いている。

 日本一の熱気を現場で取材してから5年半が過ぎた今年、記者は5月1日付で弊紙の東北総局次長に着任した。紙面刷新の手始めとして、東北版(宮城版)で6月から不定期連載「東北を熱く イーグルス通信」をスタート。楽天の監督や選手らの声を月1回程度届ける予定で、初回は平石洋介監督が登場した。記者は6月中旬、デスク業務の合間をぬい、ある選手を取材するために楽天生命パーク宮城へ足を運んだ。

 銀次。楽天ファンにとってはいわずとしれた球団生え抜きの選手であり、プロ14年目の今季は主将も務める。出身地の岩手県普代村は太平洋沿岸部に位置する人口約3千人の漁村だが、震災では漁業施設が被害を受けた。被災した故郷への思いを胸に秘めながら、6年前は打率・317をマーク。高校時代は無名だったが、星野氏の“秘蔵っ子”としてチームのリーグ制覇、日本一に貢献した。

 リーグ制覇での単独インタビューで震災について質問した際には、「野球という形で(東北地方に)元気を与えられるのは自分しかいないと思っている」と言葉を選ぶように話した姿が印象的だった。震災から8年余りが経過した今、改めて震災について尋ねると間髪を入れずに答えた。

 「忘れられないし、忘れてはいけないことだと思っている」

 震災当時から楽天でプレーを続ける現役選手は、今では10人にも満たない。時間の経過は確実に進んでいる。それでも、あの震災で「忘れてはいけない」ことは確かにある。楽天では新人選手を対象に、津波被害の大きかった宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区を毎年見学させている。また、被災者を定期的に公式戦へ招待するなど震災復興に向けた地道な活動は今も続いている。

 「東北を熱く」というタイトルは、昨年1月に死去した星野氏が監督就任会見で語った「東北を熱くする。それが私の仕事であると考えている」という言葉に着想を得た。球団は今季のレギュラーシーズンで上位争いを繰り広げている。日本一になった当時のあの“熱気”を、再現してほしいと願っている。(東北総局次長 浅野英介)

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