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渋沢栄一の旧邸宅、30年ぶり“里帰り” 清水建設、青森から江東に移築へ

 「資本主義の父」と呼ばれ、新一万円札の肖像画にも選ばれた実業家の渋沢栄一の旧邸宅が、青森県六戸(ろくのへ)町から江東区潮見に移築される。もともと東京にあったもので、約30年ぶりの“里帰り”。清水建設が整備する「イノベーションセンター」の一角に置かれ、一般にも公開される。センターは来春着工し、完成は令和4(2022)年3月の予定。

 同社によると、渋沢は明治時代に清水建設の相談役を務めており、その邸宅は明治11(1878)年、深川福住町(現・江東区永代)に完成。大正12(1923)年に発生したマグニチュード7・9の関東大震災にも耐えた。港区三田などに移築後、取り壊しの話が持ち上がったため、渋沢の関係者が購入し、平成3年に青森に移った。

 渋沢が東京に構えた6カ所の邸宅のうち、現存する唯一の建物。木造2階建てで、延べ床面積は1100平方メートル、部屋は約30室あるという。

 現存する旧邸は、同社の2代目当主、清水喜助が建築を手掛けたとされ、同社は「会社のDNAを後世に伝える文化遺産」として移築を決めた。

 同社は江東区にある運輸会社の約3万7千平方メートルの敷地を取得予定。そこに、建設ロボットや材料などの生産革新を目指した研究施設や体験型研修施設、歴史資料展示施設などで構成する大規模なセンターを建設する。延べ床面積は約2万平方メートルで、総事業費は約500億円。

 渋沢は約20年ぶりに刷新される紙幣の肖像に選ばれたこともあって注目を集めており、江東区は旧渋沢邸を有形文化財として指定を目指しているという。

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【プロフィル】渋沢栄一

 しぶさわ・えいいち 日本の実業家。天保11(1840)年、現在の埼玉県深谷市の農家に生まれた。幕末に幕臣として仕え、明治維新後は新政府で働いた後、実業界に転じ、明治6(1873)年に設立された「第一国立銀行(現みずほ銀行)」など約500の企業の設立や運営に関わった。紙幣や国債などへの紙需要を見込み、国内で初めての製造会社として現在の王子製紙の創立にも参画した。

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