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【想う 9年目の被災地】6月 “描き鉄”小松大希さん(34) 「温かさ取り入れたデザイン発信したい」

 ■鉄道は人と人を結ぶ力がある

 今年3月23日。東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県の第三セクター、三陸鉄道の北リアス線と南リアス線が直結し、釜石-宮古間(55・4キロ)が8年ぶりに開通した。一番列車に乗ると、沿線や駅のホームには、開通を祝う人々の温かい笑顔と涙があった。“描き鉄”として、被災地にゆかりある者として、特別な感慨があった。

 「沿線に集まったみんなが『お帰りなさい』と手を振っていた。これだけの人たちが再開を待ち、三鉄を愛しているのかと思って、ずっと涙していました」

 各駅のホームには名標が立つ。7つの駅でそのイラストデザインを手がけた。一般公募でそれぞれの駅につけられたキャッチコピーを表現したものだ。「写真では描写が難しい」と、三鉄から依頼を受けて制作した。

 「払川駅は『新たな希望』。希望を乗せて夜明けを走る三鉄を描きました。両石駅は『恋の峠 愛の浜』なので、沿線の恋し浜駅で出会った2人が結ばれる恋愛のゴール地点とイメージして、プロポーズシーンにしてみました」

 宮城県多賀城市生まれ。生家の近くを通る貨物列車を眺め続けた幼少期からの鉄道好きだ。中学時代には岩手県釜石市で半年ほど過ごした。

 「根浜海岸がきれいでした。いまは少し狭くなったのかな。もちろん三鉄もよく眺めていました」

 進学先は宮城県の白石工業高校に決めた。

 「中学校2年生の時に秋田新幹線の雫石駅を見たら、今までにないすてきな駅で。自分も設計したいと思ったんです」

 高校卒業後は中堅ゼネコンで設計施工に従事。その後は仙台河川国道事務所の臨時職員として採用され、道路の維持管理を担当した。雇用期限が切れる平成23年3月、東日本大震災が発生した。

 「被害状況の把握で2週間ぐらい休めなかった。悔しさはあったけど、期限で去ることになりました」

 震災後に再就職した仙台市内の設計事務所では、被災者が入居する復興住宅のプロジェクトを担当した。442世帯が入る、東北でも大規模なものだ。

 「市に引き渡した後の夜に前を通ったら窓から明かりが漏れていて、そこで達成感を感じました。落ち着いたところで過ごせる環境を提供できてよかった」

 鉄道好きが高じ、絵を描くようになって10年以上がたつ。描画には設計に用いるCAD(コンピューター利用設計システム)を使っている。

 「珍しいんじゃないですかね。直線が描きやすいんですよ」

 震災後に2人組による「描き鉄集団ロコ」を結成。在りし日の沿線風景、列車が夜空へ走り出す幻想的な風景…。イラストを描いては、東北各地で展示してきた。

 「絵を見て『懐かしい』と言ってもらえることもあって、喜びと感謝の気持ちです」

 東北に根付く“描き鉄”として鉄道関係者の目に留まり、これまでに福島交通飯坂線1000系の車両デザインも手がけた。

 「東北のやさしさや温かさを取り入れたデザインを、東北から発信したい。駅舎の設計や車両のトータルプロデュースもできたらいいですね」

 同線沿線では子供向けの鉄道の塗り絵イベントを開くなど、“描き鉄”としての活動を地域への誘客や魅力発信にも広げている。

 「鉄道には人と人を結ぶ力がある。これからも復興支援の牽引(けんいん)役として活動していきたいです」(千葉元)

                   ◇

【プロフィル】小松大希

 こまつ・だいき 昭和60年、宮城県多賀城市生まれ。平成16年に白石工高卒業後、設計などに従事。主な仕事にJR東仙台駅の設計協力など。震災後に「描き鉄集団ロコ」を結成。東北を中心に、鉄道絵画の展覧会や実際の鉄道のデザインに取り組む。

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