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新千円札の北里柴三郎、日光訪問時の写真と手紙現存 高野さん曽祖父おもてなし、蔵から発見

北里とコッホが日光を訪れた際の記念写真を持つ高野隆史さん=いずれも日光市下鉢石町の高野さん宅
北里とコッホが日光を訪れた際の記念写真を持つ高野隆史さん=いずれも日光市下鉢石町の高野さん宅
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 令和6(2024)年度から発行される新千円札に肖像画が採用された「日本の細菌学の父」北里柴三郎が、明治41(1908)年に日光を訪れた際の写真と直筆の手紙が現存していることが分かった。北里をもてなした医師の子孫の家の蔵から約15年前に発見された。北里と日光のつながりを示す貴重な資料だ。(根本和哉)

 写真と手紙を保存しているのは日光市の高野(こうの)隆史さん(63)。

 明治41年、北里はドイツ留学時代に師事していた細菌学者、ロベルト・コッホを日本に招き、静養のため日光を訪れた。その際、北里らをもてなしたのが日光で開業医をしていた高野さんの曽祖父、健之輔さんだったという。

 健之輔さんは仲間の医師らとともに北里らを歓迎し、日光を案内。残っている写真はその際に撮影されたもので、日光金谷ホテル(同市上鉢石町)とみられる建物の前で記念撮影をする北里やコッホの姿がある。

 直筆の手紙は後日、健之輔さんらの歓迎に対しての礼状として北里から送られたもの。「盛大な歓迎や貴重な記念品をいただき、感謝している」「コッホ先生も非常に満足されていた」といった内容が記されており、封筒に署名も入っている。

 高野さんは、平成15年に父親が亡くなり、蔵を整理していた際に写真と手紙を発見。「曽祖父のことは話にしか聞いていなかった。まさかこんなものが残っているとは」と振り返る。

 「(北里らが)日光に来てくれていたのはうれしく思う。礼状を送られたということは、曽祖父はいいもてなしをしたのだろう。本人にとってもいい思い出だったのだと思う」と感慨深そうに話した。

【プロフィル】北里柴三郎

 1853~1931年。江戸時代末期、現在の熊本県小国町で庄屋を営む家に生まれた。ドイツに留学して細菌学者のロベルト・コッホに師事。破傷風(はしょうふう)菌の純粋培養技術や血清を使った治療法を開発するなど近代医学に貢献した医学者。帰国後も結核予防や細菌学研究に取り組み、大正3(1914)年には、北里大の前身となる研究所を設立したほか、慶応大医学部の創設にも尽力した。

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