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【しずおか・このひと】設計事務所所属の駿河和染師・伊藤喜一朗さん(49)

 ■「藍染めの型染め」を次世代に

 静岡市の特産品である伝統工芸・駿河和染。中でも昔ながらの技法の「藍染めの型染め」を継承する伊藤喜一朗さん(49)は、江戸時代から200年以上続く「いとう染工」(同市葵区川越町)の8代目になる。時代の変遷とともに需要が右肩下がりになる中、昨秋には再開発事業を手がける建築設計事務所「創造舎」に入社し、同社所属の駿河和染師として中心市街地での体験工房開設を目指すことになった。伝統の技を次世代に伝えるべく新たな挑戦を始めた伊藤さんに聞いた。 (田中万紀)

 --駿河和染の中でも「藍染めの型染め」を得意とする工房は数軒しかないそうですね

 「2、3軒ですね。今はお茶染めや草木染め、ろうけつ染めなどを含めて駿河和染と称していますが、もともとは“藍染めの型染め”でした。うちの工房も祖父の代まで20人ほど職人を雇っていて、父の代では注文のほぼ全てが着物でした。私の代になるころには着物の需要が激減したので、洋服やストール、のれんなども作るようになりました」

 --藍染めの魅力とは

 「藍染めは藍を瓶に入れて発酵させ、布を瓶に浸しては乾かす作業を繰り返し、少しずつ濃く染めていきます。一口に藍色といってもその濃さはさまざまで、名称がついているものだけでも20種類ほどあり、深い藍色を出すには15~20回も染めの工程を繰り返します。青一色の濃淡だけで遠近感まで全てを表現しなければならないのですが、一度染めるたびに少しずつ色が濃くなっていくので、のりを落としたときに布にどのような色や模様が現れるのか、どきどきします」

 --着物を着る人も少なくなり、染色業界の先行きは厳しい

 「駿河和染を伝える静岡市染色業組合の組合員も、かつては20~30軒くらいだったのですが、今は10軒ありません。職人の年齢も私は若い方で60代以上が中心。どの工房も後継者に悩んでいます。うちにも『染め物をやってみたい』と連絡をくれる方はいるのですが、もう職人を雇う余裕がなく家族で細々とやっています。ただ、藍染めは色に厚みと深みがあり、色落ちしにくく、プリントや海外の染めとは全く違うもの。化学的な材料は全く使わず自然の染料だけで染めています。高価であってもきちんとしたものを提供できる販路があればと思っています」

 《受け取った名刺には「創造舎藍染課 伊藤喜一朗」とあった。設計事務所所属の伝統工芸職人というのも珍しい》

 --販路拡大と藍染めの知名度アップのため「創造舎」に所属し、体験工房の設立を目指している

 「駿河和染を絶やしたくない、その一心です。うちの工房の近くで再開発事業を手がける創造舎に声を掛けてもらい、同社に駿河和染師として所属し、体験工房を設立することになりました。実は今年の12月まで、藍の本場である徳島県に会社から派遣され、修業中なのです。現地では藍染めの原材料となるすくも作りから始め、染めの技術を磨くことはもちろん、一般の方に分かりやすく技術を教えるノウハウなどあらゆることを学んでいます」

 --駿河和染を絶やさないために必要なことは

 「やはりもっとアピールすることでしょう。知名度が絶対的に足りません。例えば徳島県では、若手職人がデニムを染めたりホテルの内装を手がけたり、先進的な取り組みを行っています。そういった試みを静岡でも取り入れたい。そして外国人にアピールすることもポイントです。今年はラグビーワールドカップ、来年は東京五輪があり、静岡にも外国人が大勢訪れるので、日本の伝統を正しく説明できることが重要です」

 --体験工房が開業したら、来場者に何を伝えたいか

 「まずは静岡の子供たちに藍染めを体験してほしい。裾野を広げれば若い人の中に駿河和染を継ぎたいと思う人が現れるかもしれない。本来は何カ月もかかる染めの工程の一部を体験してもらうだけですが、伝統工芸の形が少しずつ変わっていくのは仕方がないこと。昔の技法を残しながら新しい価値を高めて、次の世代に伝えたいと思っています」

                   ◇

【プロフィル】伊藤喜一朗

 いとう・きいちろう 昭和44年6月27日生まれ。京都精華大人文卒。総合小売店業「ユニー」で5年間のサラリーマン生活の後、29歳で江戸時代の享和元(1801)年から続く実家の染色工房「いとう染工」に入り、8代目として修業を始める。平成30年には同工房近くで再開発事業を手がける建築設計事務所に入社した。静岡市葵区出身。

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