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平安京跡から塀と道路側溝跡出土 宅地用の区画「戸主」

 京都市中京区の平安京跡から、碁盤の目状になっていた都の中でも最も小さい土地区画「四行八門制」をうかがわせる、平安時代の塀の柱と道路の側溝跡などが良好な形で出土した。一般役人らの宅地用の区画単位である「戸主(へぬし)」と呼ばれるもので、当時の京内での土地利用を考えるうえでの資料になりそうだ。

 民間会社「イビソク」がマンション建設に伴い、右京四条二坊一町の一角にあたる105平方メートルを調査した。この結果、京の南北道・西靱負(ゆげい)小路(現在の天神通)の東側から道路側溝と塀とみられる柱列の跡が出土した。

 出土した側溝は3本。9世紀後半から10世紀後半にかけて、2時期にわかれて機能していたらしい。生活や天候など、そのときの排水量で付け替えていたとみられ、溝幅も0・8メートル、0・9メートル以上、1・2メートルとさまざま。

 塀跡は道路側溝の東に沿って出土した。こちらも9世紀後半から10世紀後半にあったとみられる。最低でも4回にわたり建て直されていたらしい。またその塀跡の途中からT字状に東西へと向かう塀の柱列が出土した。

 これは、碁盤の目状の都のひとつの土地区画の単位「町」(120メートル四方)を宅地用として、さらに32等分にして成立する最小単位「戸主」(南北15メートル、東西30メートル)の跡とみられる。

 東西の柱列は区画の推定ラインよりはやや南寄りだが、塀により明確に区切られた跡が出土したのは珍しい。この地は洪水で10世紀半ばから後半ごろに宅地としての役目を終えて、その後は湿地化していったという。調査は昨年に実施されたため、遺構はすでに埋め戻されている。

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