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【ラグビー史伝 迫るW杯 彩の国】歴史編(6) 三井精機の盛衰 大東大はトンガ旋風

 今回は県内の社会人と大学チームの歴史に触れます。まず社会人ですが、平成3年に発刊された県ラグビー協会記念誌で、その活動の詳細が記されている唯一の社会人チームが工作機械メーカー「三井精機工業」(川島町)のラグビー部です。昭和26年に創部しました。

 同社のラグビー部の軌跡をたどると、35年に第1回関東社会人連盟リーグ戦で1部5位という記録が残っています。その後、56年のリーグ入れ替え戦で敗退し、2部に降格してしまうまでの約20年間、全国社会人大会に通算16回も出場した輝かしい成績を残しています。

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 特に30年代後半~40年代は、関東社会人連盟リーグ戦大会1部の第4回(38年)と第6回(40年)で優勝、42年と43年の東日本社会人大会ではいずれも準優勝-などと好調でした。

 しかし、社会人ラグビーなど企業スポーツは会社の業績などに左右されがちです。三井精機工業も取引先企業の関係で自動車部門から撤退。その部門で働いていた社員、つまりラグビー部員が転退職で会社を去る事態となり、ラグビー部を直撃しました。部員不足に伴う戦力ダウンは否めず、戦績も低迷し、創部からちょうど半世紀の平成13年に休部となりました。同社の元ラグビー部員は「休部状態にしているが、復活の見込みはない」と肩を落とします。

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 一方、県内の大学ラグビーに目を転じます。脚光を浴びるのは昭和60年前後に入ってからといってよいでしょう。モスグリーンのジャージーでグラウンドを縦横無尽に走るトンガの留学生に代表される大東文化大の活躍です。

 先ごろ解体された東京・国立競技場の集客数のデータをみると、さまざまなイベントの中で、平成元年の「ラグビー日本選手権・大東文化大VS神戸製鋼」が6万1105人で第10位にランクインしていることは驚きです。バブル経済の中、大東文化大ラグビー部は一世を風靡(ふうび)しました。昭和38年に創部し、49年度には関東大学ラグビーリーグ戦で優勝経験もあります。このリーグ戦で通算6回も優勝し、この間に全国大学選手権のチャンピオンに3回も輝いています。

 その後、しばらくは低迷しましたが、昨今、再び「トンガ旋風」によって復活したのは、ラグビーファンの一人としてはうれしい限りです。平成27年度の全国大学選手権では16年ぶりにベスト4入り。そして29年度には関東大学ラグビーリーグ戦で7年度以来の優勝をもぎとり、これからの活躍を期待したいところです。

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 もう一つ、県内の大学ラグビー界で触れておきたいのが立正大ラグビー部です。創部は大東文化大と同じ昭和38年で、関東大学ラグビーリーグ戦に所属しています。監督として率いるのはかつて熊谷工で活躍し、元日本代表の堀越正己です。

 平成16年にリーグ戦の1部に昇格しましたが、現在は2部でしのぎを削っています。1部に再び昇格して「立正大VS大東文化大」という県勢対決を観戦できる日を心待ちにしています。

 =敬称略(松本博之・ぶぎん地域経済研究所取締役調査事業部長)

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