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【ミュージアム】安達原玄 仏画美術館(北杜) 曼荼羅で心清める

安達原玄仏画美術館所蔵の釈迦金棺出現図(山梨県北杜市)
安達原玄仏画美術館所蔵の釈迦金棺出現図(山梨県北杜市)
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 中央自動車道を須玉インターチェンジで降り、国道141号を八ケ岳に向かって10キロほど北上すると右手に瀟洒(しょうしゃ)な美術館が見えてきた。平成27年に86歳で他界した女流仏画師、安達原玄(あだちはらげん)の作品を展示している。建物正面の2階の外壁に大きな文字で「マンダラ展示 仏画美術館」とあった。

 同館は玄氏の住居を兼ねたアトリエ兼美術館。収蔵品は500点を超える。義理の娘で仏画講師を務める館長の千雪さんは「半世紀の創作活動の代表作は、仏・菩薩が集合する『曼荼羅』です」と説明する。

 2階展示室では、約4・5メートル四方の複数作品の「両界曼荼羅」(昭和57年、平成11年)、「釈迦金棺出現図」(平成11年)、「浄土曼荼羅」(同24年)、12体の阿弥陀如来、観世音菩薩、不動明王で構成する「12天」(同14年)のほか、17年の愛・地球博(愛知万博)で展示された約13メートルの大涅槃(ねはん)仏が横たわる。

 京都国立博物館での「曼荼羅」との衝撃的な出会いが、玄氏を仏画師へと導いた。大型作品第1号「両界曼荼羅」は、紺色の画紙に、金箔(きんぱく)を細かく砕き、にかわで泥状に練った「金泥」で描いた力作という。

 千雪さんは「仏画は一般に、仏門に入ったお寺のお抱え絵師が描きますが、母は祖母の鎮魂のため30代後半から独学で始め、曼荼羅の模写を『写仏』と名付け、独自分野を切り開きました」と話す。

 昭和54年からは、東京や横浜などで写仏教室を開始。展示会を全国各地や欧米など海外でも展開した。教室は今も東日本各地で千雪さんらが開いている。

 「生前、母は『一人でも多くの方に、自分の心の底にある慈悲や優しさに気づき、写仏に触れる幸せを感じてほしい』と話していました。創作に合わせ心が清められていったようです」と千雪さん。

 80代は病と闘いながら最後まで筆を執り続けた。アトリエだった1階展示室には、左手で描いた仏画と書画を合わせた作品のほか、10枚の牛の絵で構成する「十牛(じゅうぎゅう)図」も。作品群に創作にかける玄氏の息づかいを感じた。(松田宗弘)

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