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【士魂を育む 今村裕の一筆両断】虐待対応の専門支援機関創設を

 子供の虐待に関するニュースが、繰り返しテレビや新聞で流れます。本当に心が痛みます。亡くなった子供さんのご冥福をこころから祈ります。

 テレビに映るのは、福祉関係者や教育委員会の行政職員のうなだれている姿や、深刻な顔をしたキャスターやコメンテーターが、あたりまえのことをしゃべる映像が流れるばかりです。行政の対応の鈍さや、児童相談所の人手不足などなど…。厚生労働省も虐待への取り組みの強化として、市民の通告義務など法改正を繰り返しています。にもかかわらず、幼い子供の虐待死がなくならないのは、なぜでしょうか。

 「誰々が悪い」といった話ではなく、現在の日本の虐待対応について、構造的な視点で見たいと思います。

 まず、虐待の事案に携わっている人がどういう人か、一般にはあまり知られていません。児童相談所には「児童福祉司」や「児童心理司」と呼称される職員がいます。実はそれは児童相談所に配属された職名(任用資格)であり、精神保健福祉士や社会福祉士といった「士」の資格職とは異なるのです。

 何を意味するかというと、普通の公務員が、人事異動で児童相談所に配属され、児童福祉司になる。そして数年したら他へ異動していく。という場合もあるのです。

 もちろん児童福祉法には「司」の資格認定要件が記載されています。「福祉関係」の職務内容を目指し希望して上記の資格を持ち、「福祉職」として採用される方も大勢います。本当に献身的で、力量のある児童福祉司が大勢存在することも筆者は多く知っています。

 そういう方は、他の部署への異動が少なく、児童相談所をはじめとする福祉領域の部署に、長く勤務されることが多いようです。

 自治体によって事情は違うでしょうが、役所は特定領域の専門家である「スペシャリスト」よりも、幅広い職務を遂行できる「ジェネラリスト」を重宝する傾向があるように思います。

 長い目で見れば、福祉のスペシャリストは、昇任などのキャリアで不利になる可能性もあるかもしれません。行政福祉職員の現場も、人間の世界です。人事異動の時機には悲喜こもごもです。

 それからもう一つの視点です。仕事とはいえ、相談者や保護者らのクレームに晒(さら)され、ことが起きれば、最もマスコミにたたかれやすい。それが福祉や教育の現場なのです。

 もともと「福祉」や「心理(援助)」「教育」などの世界を目指す若者は、「社会の役に立ちたい」「困っている人を援助したい」「子供の成長の力になりたい」と純粋な気持ちをもっています。養成期間に専門的な内容を学ぶわけですが、その際に市民(例えば保護者)からのクレームについて、実際に経験することはありません。ロールプレーや実習などで学ぶことはあっても、それが実際の場面で生かされることは少ないでしょう。

 誤解を怖(おそ)れずにイメージしやすいようにいうならば、大学など現場に出る前の学びでは、「受容」や「共感」など、どちらかというと「優しさ」「母性的」な関わりについて多く学ぶのです。「厳しさ」「父性的」な関係の持ち方については、実感を伴うまで学ぶことは少ないでしょう。

 ですが、現実の「虐待」へ関わっていくには、その両方がほどよいバランスで必要になってきます。命や身体の安全のために、子供を親から引き離すことが必要となるケースも多くあります。法的に認められている対応ですが、経験を積んだベテランでも、なかなか難しいのです。支援者には専門性として「優しさ」と「厳しさ」の両方の関わりが要求されています。

 虐待の事例に対応していくには、次の3つの要素に分けることが必要と考えます。まずは「緊急初動」です。さらに「指導・強制(厳しさ)」、そして「家族の再構築(優しさ)」です。もちろん順番通り、イメージ通りに展開するわけもなく、個別の事例によって、実際の関わりは異なるでしょう。

 現状では、厳しさと優しさという相反する要素を、同じ顔ぶれの職員が担っていることが多いのです。同じ担当者が優しくなったり厳しくなったり…。「児童相談所の○○ですが・・」と名乗っただけで、電話が通じなくなったり、訪問しても(居留守も含めて)玄関ドアが開かなかったりする例も多く耳にします。

 もちろんうまくいく場合もあります。しかし、苦労消耗されている児童相談所のスタッフが多いのもまた、事実だと思います。

 児童相談所は、戦後浮浪児への対応に始まり、非行、貧困、家族関係不調など、子供の相談のすべてに対応するということで、昭和22(1947)年に設立されました。70年以上が経過し、社会や家族を取り巻く環境も大きく変わりました。そろそろ、虐待対応を専門とする新たな支援機関が必要だと考えます。

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