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【かながわ美の手帖】山口蓬春記念館 「山口蓬春・アートディレクターの世界」

山口蓬春「白蓮木蓮」(昭和32年)=山口蓬春記念館蔵
山口蓬春「白蓮木蓮」(昭和32年)=山口蓬春記念館蔵
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 ■幅広い画業の背景に分野を超えた交流

 葉山町の山口蓬春記念館で「山口蓬春・アートディレクターの世界」と題した企画展が開かれている。片仮名タイトルには本人も苦笑しているかもしれないが、幅広い画業をたどれば確かに“アートディレクター”としても盛んに活躍していた。しかも、背景には分野を超えたさまざまな文化人との交流があったことが本展から分かる。

 ◆野鳥の会発起人

 明治末期、水彩画がブームとなった。明治40年に水彩画家の三宅克己(こっき)が刊行した技法書『水彩画指南』を翌年、当時15歳の蓬春は模写した。絵や文を写したほか、表紙や扉絵は自分でデザイン(まさしく装丁)して大切に残した。

 大正12年に東京美術学校(現・東京芸術大学)日本画科を首席で卒業した蓬春は、昭和2年の帝展で前年に続き特選となり、画壇に華々しくデビュー。早速この年、出版業界から声がかかり、横山大観ら巨匠と一緒に児童文学全集に関わった。菊池寛訳『グリム童話集』の装画で、これが装丁関係の初仕事とみられる。

 画壇での活躍は文化人との交流を生み、本の装丁依頼も増えていく。7年、旧知の昆虫学者の横山桐郎著『優曇華(うどんげ)』を装丁。8年には師匠の日本画家、松岡映丘の兄で民俗学者の柳田国男著『桃太郎の誕生』の見返し(表紙の裏)に、山間の風景を描いた。

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