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【平成のICカードはこうして生まれた】ニモカ(4) 「九州で培った技術を広げる」

函館市電、函館バスのICカード導入を記念して開かれた式典
函館市電、函館バスのICカード導入を記念して開かれた式典

 ■三方よし 津軽海峡を渡る

 平成20年に登場した西日本鉄道のICカード「nimoca(ニモカ)」は、さすが日本一のバス会社が開発したカードだった。

 地域で異なる運賃への対応はもちろん、乗り継ぎ割引の制度にも対応した。定期券に加え、障害者用・小児用カードもそろえた。

 昭和2年のバス営業開始以来のすべてが、小さなICチップに詰め込まれた。西鉄は次に、ニモカの普及を目指した。

 「一緒にニモカのシステムを使いませんか」

 21年7月、西鉄のICカード事業部担当課長となった城代(じょうだい)寛昭(56)=現ニモカ社長=は、他社との交渉に取り組んだ。

 西鉄はニモカ開発に、70億円以上をかけた。複雑な路線網に対応し、機能を充実させるには、巨額な投資が必要だった。

 とはいえ、グループ売上高3500億円前後の西鉄にとって、大きな負担だった。導入後のサーバー維持費も、ばかにならない。

 他社がニモカを導入すれば、サーバーの利用料を取ることができる。

 導入側にもメリットがある。全国のバス事業者の7割が赤字経営だ。三大都市圏を除けば、路線バス会社の年間収入は、平均20億円にも満たない。

 ニモカのシステムを使えば、機器購入費とサーバー利用料など数億円で、全国利用できるICカードを手にできる。

 西鉄と他社は、ウィンウィンの関係になる。利便性が高まる乗客を考えれば、まさに「三方よし」を体現するものだった。

 城代の仕事はまず、昭和自動車(佐賀県唐津市)へのニモカ導入だった。同社が運行する昭和バスは、福岡県内も走る。

 城代は、昭和自動車の担当者と協議し、車載機などの設定を進めた。交渉はうまくいき、昭和バスは22年2月、ニモカを導入した。

 城代らは次に、大分県や熊本県のバス事業者にアプローチした。

 大分には西鉄グループの亀の井バスがある。地場の大分バス、大分交通の3社で協議を進めた。

 城代は、県庁や大分市役所にも足を運び、事業の意義を説明した。

 「福岡ではニモカ導入で、気軽にバスを利用できる人が増えました。大分のバス会社に、同じシステムを使ってもらえるよう提案しています」

 城代の説明も奏功したのか、行政の補助もつき、ニモカシステム採用が決まった。

 熊本の協議は難航した。

 熊本の事業者は、カードを地域振興に活用したいと思い、自前志向が強かった。「西鉄に頼らない」というプライドもあった。

 九州産交バスなど県内5社は27年4月、独自規格の「くまモンのIC CARD」を導入した。

 ただ、市電(路面電車)を運行する熊本市交通局は、ニモカシステムの採用を決めた。

 交通局の担当者は、城代に念を押した。

 「九州新幹線が開通し、関西から訪れる人が増えた。市電でもスイカや関西のイコカが使えないとだめなんです。ニモカなら、すぐにできるんですよね」

 「もちろんです」。城代は胸を張った。

 26年3月、熊本市は「でんでんニモカ」を導入した。

 その後、「くまモンのIC CARD」も、全国相互型の機能を付け加えた。

                 × × ×

 26年10月のことだった。北海道の函館バスの担当者が突然、福岡市の西鉄本社を訪問した。

 道南に位置する函館は、北海道新幹線(新函館北斗-新青森)の開通を、28年3月に控えていた。函館バスと、市電を運行する函館市で、ICカード導入が議論となった。

 バスと市電の担当者は、路面電車がある熊本市や鹿児島市に、導入の経緯を聞きに行ったのだった。

 一行は熊本市から、ニモカの話を聞いた。そこで1人だけ、西鉄本社に寄ることにした。

 城代が応対したが、急な話で資料を用意する時間もない。口頭で、わーっとニモカの特徴を説明した。

 後日、「函館に来て、もっと詳しく説明してほしい」と電話が入った。

 「北海道出張だ!」

 城代は小躍りした。

 実は、函館側は「ICカードを導入しない理由」を探していた。

 「こんなにかかるのか。やっぱり無理だな…」

 函館市交通部施設課長の広瀬弘司(54)は、書類の数字を見て、肩を落とした。今の磁気カードをICカードに切り替えた場合の見積りを、複数の会社から取った。

 市電だけで、4億円はかかるという試算だった。函館バスも含めれば、倍の8億円となる。しかも、全国相互利用型のカードではない。相互利用型なら、10億円以上という話もあった。

 函館市電の運賃収入は、年間10億円に満たない。

 莫大(ばくだい)な開発費が、市の予算から出るとは思えない。

 磁気カードの機器を更新するにも、億単位の費用が必要だ。両者はICカードどころか、現金と回数券への「先祖返り」すら、真剣に検討していた。

 ニモカなら、想定より安く導入できる-。この朗報に、広瀬らは「導入するための課題解消」へ方針を転換した。

                 × × ×

 城代は出張こそ楽しみにしていたが、ニモカ採用は難しいと思った。

 「函館はさすがに遠すぎるだろう。九州だったら何かトラブルがあっても車を飛ばせばいいが、足場もないし、サポートが難しい」

 城代の思いとは裏腹に、函館は熱心だった。

 「首都圏のICカードを、函館でも使えるようにしたいんです」。北海道新幹線でやってくる観光客に、市電やバスで函館を回遊してもらいたい。その願いが城代に伝わった。

 同じ地方都市として、函館の思いに共感した。

 「函館には五稜郭も港町も、名所がたくさんある。同じカードが使えるなら、観光客は足を伸ばすだろう。ニモカの技術が、役に立つかもしれない」

 城代の報告を受け、西鉄社内も沸いた。

 「九州と北海道。こんな離れたところで、同じニモカが使えるっておもしろい」

 チームで再度、函館に足を運び、下調べをすることになった。

 大雪で飛行機が函館空港におりられず、直線距離で130キロも離れた新千歳に、行き先が変更されることもあった。

 それでも、協議のたびに西鉄と函館の関係は深くなった。

 「九州で培った技術を、この地で使ってほしい」。城代の思いは強くなった。機器サポートの課題も、札幌の企業と提携し、クリアできそうだった。

 函館側は、プロポーザル方式による業者選定を決めた。国や市の補助もつき、金額の上限は計6億7千万円とした。

 最終審査は、西鉄グループと、もう1グループの一騎打ちとなった。

 全国相互利用▽乗り継ぎ割引や高齢者らへの運賃助成サービスへの対応▽定期券のICカード化-などが、評価項目だった。

 300点満点のうち、西鉄グループは241点を獲得し、他社を22点上回った。

 「システムを入れるには、導入後の対応が重要だ。西鉄のみなさんは下調べの段階から、熱心に意見交換をしてくれた。規模の小さな事業者の苦労も、よく分かっている。この会社に任せれば大丈夫だ」

 結果を聞いた広瀬の脳裏に、城代らの姿が浮かんだ。

 29年3月、「ICAS nimoca」(イカすニモカ)のサービスが始まった。イカは「函館市の魚」だ。城代も出張で舌鼓を打った。

 イカすニモカは、順調に滑り出した。城代は函館の関係者に声をかけられた。

 「東京から観光客がくると、支払いでバスや市電が長時間止まることがありました。それがほとんどなくなった。ニモカを入れて、本当によかった」

 平成30年、全国の交通系ICカード発行ランキングで、ニモカは全国5位に入った。

 津軽海峡を越えたニモカの技術は今、国境を越えようとしている。

 西鉄は29年12月、ベトナムの首都ハノイにおけるICカード開発支援プロジェクトに、共同企業体の一員として参画した。事業は国際協力機構(JICA)が実施する。

 「いつか、西鉄のカード1枚で海外旅行に行けるようになるといいよな」

 15年前、西鉄の若手社員はそんな夢を口にした。夢のまた夢だった話は、実現へ一歩を踏みだした。

 「仲間が生み出したニモカには、多くの機能が1枚に凝縮されている。海外の交通事業の発展に、必ず役に立つ」。城代は確信している。(敬称略) =おわり

                   ◇

 この連載は九州総局・高瀬真由子が担当しました。

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