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「せるそ木簡」京都市指定文化財に 御土居跡出土品で初

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 豊臣秀吉が16世紀末に京都に築いた御土居(おどい)の堀跡から出土した「せるそ様(さま)」という宣教師名が書かれた墨書木簡などが、京都市指定文化財に指定されることになった。裏にはアルファベット文字も見られるなど、当時の宣教師の実態をうかがわせる全国的にも珍しい資料だという。御土居跡からの出土品の指定は初めて。

 この木簡は大型商業施設の建設に伴い、JR京都駅南側の京都市南区西九条春日町などで実施された発掘調査で出土。安土桃山時代から江戸時代前期にかけての470点以上に及ぶ工具や武具、食事具、遊戯具などとともに見つかった。

 縦18・0センチ、横3・4センチ、厚さ0・5センチのヒノキ製。表に「せるそ様のせんか如庵様」、裏には「Omairu」などと書かれている。「せるそ様」は京都などで布教活動をしていたイエズス会の宣教師、セルソ=コンファローネとみられる。

 この周辺にはヨーロッパ人や宣教師の居住地があったとされ、織田信長が元亀4(1573)年、室町幕府15代将軍、足利義昭との確執で上京を焼き打ちした際、宣教師のルイス=フロイスが逃げ込んだことでも知られている。

 裏のアルファベット文字は解読不明だが、宣教師名とともに全国でも珍しい出土例という。

 御土居跡からは、冠や烏帽子(えぼし)が表現された文楽人形を思わせる木製の頭部も出土。未完成品などもあることから、この一帯に人形製作の工房があったと想定される。

 このほか今回は、西行庵(東山区)の主屋・茶室▽頂法寺(中京区)の本堂、拝堂▽大慈院(北区)所有の絹本著色春屋宗永像、天文十五年春林宗俶の賛付▽権現寺(下京区)所有の木造聖徳太子立像▽霊鑑寺(左京区)の庭園-などを指定。これで市指定・登録は計525点になる。

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