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【平成のICカードはこうして生まれた】ニモカ(1)「乗り物だけにはしたくない」

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 ■377万枚の始まり 若手14人の勉強会

 始まりは、若手14人の勉強会だった。平成15年11月。福岡市にある西日本鉄道の会議室に、勤務を終えた20~30代の社員が集まった。

 鉄道、バス、商業施設、情報システムなど、各部署から1~2人が出席した。同じ会社とはいえ、社員同士は面識がある程度で、異業種交流会のような雰囲気が漂った。

 出席者の1人が言った。「首都圏でスイカが広がっています。先行する交通系ICカードを勉強し、会社がどんなカードを作ればいいか、このチームで提案しよう」

 ちょうど2年前、首都圏にJR東日本の「Suica(スイカ)」が登場した。事前に入金(チャージ)すれば、駅の自動改札をワンタッチで通れる。発行枚数は、わずか19日間で100万枚を突破した。

 ICカードは、大量の情報を記録、演算する集積回路(IC)を組み込んでいる。金融、流通など幅広い業界が活用を探っていた。

 交通では8年ごろから、官民で研究が進んだ。9年に静岡県豊田町(現磐田市)が町営バスに導入するなど、じわりと広がった。

 JR東日本のスイカは、複雑な鉄道運賃に対応したことで、全国の事業者に衝撃を与えた。さらに、近隣の私鉄やバス事業者との間で、同じカードで乗れるよう協議を進めていた。

 首都圏では、爆発的に広がる兆しがあった。だが、遠く離れた九州の鉄道会社にとって、ICカードがどう使えるかは未知数だった。

 後に、累計発行枚数377万枚を達成する「nimoca(ニモカ)」の開発は、右も左も分からない若手が始めた勉強会で、動き出した。

                 × × ×

 勉強会発足を主導したのは、社長の長尾亜夫(つぐお)(75)=現相談役=だった。

 「磁気カードからの切り替えには時間がかかる。数年先を見据えて、研究に取りかかろう」

 15年6月の社長就任から間もなく、ICカードの検討に着手した。

 福岡ではまだ、JR九州も地下鉄を運営する福岡市交通局も、ICカード導入を決めていなかった。

 だが、長尾は焦りを感じていた。ICカードが、国内鉄道会社の「陣取り合戦」の様相を呈していたからだった。

 西鉄の勉強会が発足した15年11月、JR西日本がスイカ方式のカードを、関西の駅で導入した。その関西では私鉄連合が、後払い式の「PiTaPa(ピタパ)」の開発を進めていた。正面からの激突が予想されていた。

 大手鉄道会社が自社のICカードを、他社やエリアに広げる。出遅れは致命傷になりかねない。

 他社の動き、将来の情勢も見通して、考えをまとめなければならなかった。

 西鉄が導入していたカードは、磁気で記録するプリペイドカードだった。路線バスで使う「バスカード」と、西鉄の鉄道と福岡市営地下鉄で共通利用できる「よかネットカード」があった。バス利用者の6割が使っていた。

 この膨大な枚数のカードを、ICカードに置き換える。鉄道72駅、バス約3千台用の機器の製造、取り換えを必要とする一大事業といえた。

 長尾はICカード導入の目標を、平成20年ごろと見据えた。そのころ、磁気システムの機器が更新時期を迎える。創設100年の節目でもあった。

 ただ、開発は困難が予想された。

 西鉄グループが保有するバスは、日本で最多だ。当然、路線網も運賃体系も複雑になっている。「日本一のバス会社」が導入するICカードは、複雑なデータをすべて処理できなければならない。

 しかも、経営環境は悪かった。日経平均株価はバブル崩壊後の最安値(当時)の7607円88銭を記録した。市場からの「退場」を余儀なくされる企業も多かった。

 西鉄のバス事業も厳しさを増すばかりだった。15年の輸送人員は2億8千万人で、ピークだった昭和39年(5億2千万人)の半分程度だった。

 その上、平成15年3月にイラク戦争が始まった。中東情勢の不安定化は、原油高につながる。バスの燃料も高騰した。西鉄の15年度のバス事業は、全体で10億円もの大赤字が見込まれた。

 ICカード開発には、数十億円規模の投資が必要となる。「赤字のバス事業への投資としては大きすぎる」と、株主から反対されかねない。

 ただ、長尾はバス事業が厳しいからこそ、ICカードに関心を持った。

 ICカードは、バス乗降時間の短縮にもなる。他の事業との相乗効果を生み出せば、バスに光が差す。

 「金がかかっても、顧客の支持を得れば事業は長く続き、投資はやがて取り戻せる」。そんな経営哲学もあった。

 長尾はICカード勉強会の取りまとめを、常務の陶山(すやま)秀昭(75)=元専務=に命じた。

 勉強会メンバーは20~30代だ。会社の内情を顧みない尖った意見となっても、それを役員が直接、吸い上げる仕組みをつくった。

 陶山は、総事業費1200億円をかけた福岡(天神)駅大改修プロジェクト「天神ソラリア計画」をはじめ、12年にわたって都市開発に携わった。その目から見て、ICカードには多くの可能性があった。

 「小銭のやり取りが不要になるのは、商業施設にとっても良いことじゃないか。このカードは地域活性化に大きく関われる。広い視点でビジネスチャンスをつかもう」

 長尾や陶山の狙い通り、勉強会のメンバーは、はつらつと意見を交わした。

 「乗り物だけのカードにはしたくない。商業施設でも使え、ポイントが付くカードにしたい」「乗り継ぎ割引や高齢者割引を引き継がないと、サービスが低下したといわれるぞ」。鉄道、バス、商業、それぞれの視点で意見を出した。

 会議は通常業務を終えた午後6時に始まり、深夜まで続いた。先行する会社や機器メーカーに出向いて、話を聞くこともあった。

 交通系カードと、ポイントが付く商業施設のカードを融合させたICカード。議論は徐々に収斂した。

 その意見を陶山から聞いた長尾はうなずいた。

 長尾は16年3月、中期経営計画にICカード開発を盛り込み、同7月、開発担当の部署を発足させた。社員は5人だった。

                 × × × 

 課題が一つ浮かび上がった。カードへの記録方式を「スイカ規格」にするか、それとも西鉄が独自に作るかだった。

 スイカ規格の場合、JR東日本のシステムをベースとして、容量の余っている部分に西鉄がほしい機能を追加する。希望がすべてかなうとは、限らない。

 独自規格ならば、西鉄がすべてを決める。乗降情報や乗り継ぎ割引、ポイント付与など、西鉄が求める機能をすべて盛り込める。全国をみると、独自規格を採用する会社もあった。

 「自分たちのカードを一から作ろう」。西鉄にも、そう強く思う社員がいた。

 半面、スイカ規格を採用すれば、JR東日本やJR西日本をはじめ、同じスイカ規格の事業者と相互利用ができる。

 「同じカードが東京や関西でも使えることが、顧客にとっては一番だ。これからの時代は、徹底した顧客目線でやらないと、輸送量は伸びない。自分の会社だけという狭い考えは、捨てよう」

 陶山はスイカ規格を推した。物事を検討する際、俯瞰(ふかん)して考える手法は、ソラリア計画で学んだことでもあった。

 「地域限定カードにはしたくない」。長尾もスイカ規格に傾いていた。

 JR九州を含め全国のJRグループがスイカ規格になれば、ナショナルカードに近いものになる。その中で、エリア限定カードを選んでくれる人がどれだけいるだろうか。

 長尾は、セキュリティーの面でも、JR東日本が万全を期したことを知った。利便性と安全性は、何よりも優先される。

 「スイカ規格をベースにし、西鉄独自の機能を付け加えよう。選ばれるカードにするには、それが一番だ」

 会社の決定を受け、陶山は上京した。

 スイカの「生みの親」であるJR東日本の椎橋章夫(65)=現JR東日本メカトロニクス社長=に会うためだった。(敬称略)

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