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【想う 8年目の被災地】2月 気仙沼市震災遺構・伝承館館長・佐藤克美さん(50)

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「1回だけ来ればいい場所ではない。得る教訓も人それぞれ」と話す佐藤克美さん=宮城県気仙沼市
「1回だけ来ればいい場所ではない。得る教訓も人それぞれ」と話す佐藤克美さん=宮城県気仙沼市

 ■全員無事、教訓感じる場に 高い防災意識「後世に残すべきだ」

 宮城県気仙沼市波路上(はじかみ)の海岸から500メートルに位置する気仙沼向洋高校の旧校舎。津波の爪痕を残す校舎は震災遺構として3月10日にオープンする。4階建ての学舎の周囲にはかつて冷凍工場や住宅が並び、校舎からは松の防風林と、その向こうに青い海が見えた。

 「海岸沿いにずーっと防風林が続いていました。子供のころは、あそこの道を自転車で走ったこともありました。松はほとんどが流された。根こそぎ持っていく津波は凄(すご)い」

 震災の日。部活動などで生徒約170人がいた。教員の指示で、全員が高台へ避難した。犠牲者は出なかった。

 「年3回の防災訓練をちゃんとやっていたからだと思う。普通は逃げるなら校舎の上なんです。遠ざかった判断はすばらしい」

 学校の消防計画マニュアルでは、避難方法が地震と火災の2通りに分かれていた。地震の場合はいったん校庭に集合して、状況に応じて3、4階に逃げるとされた。

 だが、教員らが採用したのは火災時の避難方法だった。まず近くの寺へ移動させ、そこで住職の意見も聞き、最終的には計画よりさらに安全な高台の階(はし)上(かみ)中へと向かった。校舎に残った教員と、校舎の改修工事中で居合わせた作業員ら50人も屋上に逃げて全員無事だった。

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