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宗教画家・杉本哲郎、漁師と厚い交遊 長浜で手紙や作品など40点発見

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 ■虎姫時遊館で9日から展示

 アジア各地の仏教遺跡の壁画を模写するなど独自の画境を開いた大津市出身の宗教画家、杉本哲郎(1899~1985年)が、琵琶湖の漁師と交わした手紙や作品などの資料約40点が長浜市の民家で見つかった。制作依頼された作品の打ち合わせや個展の報告のほか、漁師が自分の子供の名前に哲郎の「哲」の字をもらった感想などがつづられ、厚い交遊ぶりがうかがえる。(出雲一郎)

 杉本と交遊があったのは長浜市南浜町に住んでいた漁師の中川辰雄さん(故人)。杉本が終戦直前の昭和20年3月、同市細江町の寺に疎開していた際、琵琶湖で獲った魚を届けたのをきっかけに懇意となり戦後、杉本が京都市に移ってからも交遊が続いた。

 資料は辰雄さんの長男で長浜市南浜町の農業、哲博さん(68)の自宅に保管されていた。手紙には辰雄さんの依頼で杉本が描き、近くの寺に寄進した額縁「天女奏楽」の制作の打ち合わせや同市の旧迎賓館「慶雲館」で開いた作品展の通知、京都にアトリエが完成したことなどが報告されている。

 また、哲博さんの名前に哲郎の「哲」を付けたことには「光栄で恐縮」とのお礼が記されている。

 見つかった作品は、横額「竹生島」や衝立「不老長寿図」などで、昭和36年に地元で開かれた杉本の講演会の肉声テープもあった。

 長浜市立高月観音の里歴史民俗資料館の佐々木悦也学芸員は「長浜の人たちが杉本を支えていたことがよくわかる。双方の『心の交流』は今も顕彰されており、素晴らしい」と話している。

 杉本は大津市出身の日本画家、山元春挙の門下となり、大正11年の帝展で初入選した。その後、仏教美術に傾倒し、昭和12年に外務省文化事業部の嘱託としてインドのアジャンタ洞窟壁画の模写に従事したのを機に、セイロンや満州、モンゴル、タイなどアジア各地の仏教遺跡を訪問し、壁画の模写に取り組んだ。

 26年にはインド国立大客員教授となり、首相官邸の壁画を描いた。それらの功績により、33年に滋賀県文化賞を受賞、34年には京都市文化功労者となった。

 手紙や作品は9日から虎姫時遊館(長浜市三川町)で開かれる「湖北・長浜ゆかりの宗教画家、杉本哲郎生誕120年記念展」で展示される。24日まで。無料。休館日は11日と18日。問い合わせは同館(0749・73・5030)。

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