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【山梨知事選立候補者の横顔】(3) 後藤斎氏(61) 4年間の成果、次で開花

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 --実家は農家とか

 「稲作や養蚕をやっていた甲府の農家の次男坊として育ちました。高校までは農作業を手伝っていました。その後、東京や海外に暮らしたこともありますが、こんなに水や空気が良い地域は他にありません。東京に近いけれども、地域のまとまりがある。この20年で東京との移動距離は短くなり、山梨の魅力をしっかり発信すれば、暮らしや産業をよくしていけると思います」

 --なぜ、農林水産省に入省したのですか

 「高校のとき、シンクタンクのローマクラブから『成長の限界』が発表され、『行きすぎた人口増加は、食糧とエネルギーを食い尽くし、地球は危機にひんする』といわれました。大きな影響を受け、大学では『食糧人口問題研究会』を主宰しました。ぼくは経済学部だったが、学部の壁を越え、農学部、法学部、医学部などから人を集めた。これが食糧行政、農政に携わろうと思った原点かもしれません」

 --官僚から政治家への転身を志したのは

 「細川護煕政権の当時、冷夏でコメを緊急輸入することになりました。その後、食糧管理法や輸入ルールを改める行政事務のとりまとめに携わり、永田町と交流する中、『行政の壁』を感じました。縦割りを除くにはより広く、横断的に物事を考えなくてはいけない。10年、20年後を見据えた長期的な課題を設定し、解決するのは、行政官ではなく政治家だと考えました」

 --初挑戦は落選でした

 「平成8年の衆院選で新進党から出馬したが及びませんでした。浪人時代は苦しかったが、多くの人から助けていただきました。両親からは米と野菜をもらいました。信条である『死しても初心を貫く』を信じ、12年の衆院選は民主党から出て初当選しました」

 --なぜ、知事へ転向したのですか

 「57歳だった当時、60代の大台に乗る前に、政治家として山梨県の発展にプラスになる立場とは何かを考え、後援会とも相談し、出馬を決断しました。今回の再選立候補は、この4年間の成果、芽吹いたものを花に育て、実にするということ。『継続は力』であり、山梨の発展に身も心もささげたいという思いです」

 --好きな映画は

 「機内で見た『アベンジャーズ』。『アイアンマン』『超人ハルク』をはじめ、多くの正義の味方が出てきて、力を合わせて宇宙の敵と戦う。一人のヒーローだけでは、地球外の敵とは戦えないですから。はじめは劣勢だが、みんなで力を合わせて最後は勝つ。おもしろいね。知事選もそんな感じかって? 県民のための政治ができるよう頑張ります」 (聞き手 松田宗弘)

                   ◇

【プロフィル】ごとう・ひとし

 昭和32年7月22日、甲府市生まれ。東北大経済学部卒業後、63年に農林水産省入省。平成8年10月の衆院選で落選。12年に初当選を果たし、計4回当選。文部科学政務官、内閣府副大臣を歴任。27年2月の知事選で初当選した。

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