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田辺信宏・静岡市長年頭インタビュー ハード・ソフト両面の防災政策に注力

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 静岡市の田辺信宏市長(57)は就任8年目の新春を迎えるにあたり、産経新聞の単独インタビューに応じた。第3次静岡市総合計画の実績などの総括とともに市政の諸課題への取り組みを聞いた。 (聞き手・石原颯)

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 --2期目が終わろうとしている。この8年間の総括を

 「種はまいた。芽も出てきている。第3次静岡市総合計画では“『世界に輝く静岡』の実現”というスローガンの下に、東京を追いかける街の設計図ではなくて世界を意識した街の設計図、ビジョンを作った。その3次総の前期が(私の)2期目。その中には5大構想を打ち出し、JR東海道線でいうと静岡駅、清水駅、東静岡・草薙駅周辺をそれぞれ歴史、海洋、教育などのテーマの下で設計図を描いた」

 「たとえば『歴史文化の拠点づくり』では、家康公400年祭の事業で市民の方から21世紀に駿府城をよみがえらせたいという声が大きかったため、それを視野に千里の道も一歩からと発掘調査を始めた。粘り強くやっていたら昨秋、豊臣秀吉時代の金ぴかの城の跡が見つかった。こういった成果が表れ始めている」

 --市長就任時は東日本大震災の余波が残っていた

 「最大の課題は財政の健全化だった。合併特例債もふんだんに使った後でもあり、財政がかなり傷ついていた。1期目の4年間は我慢の市政。投資は控えざるを得なかった。自分の特色とすると、防災と子育て支援に重きを置くソフト施策しかできなかった。ただ、おかげさまで通常債を中心に圧縮でき、約400億円の(臨時財政対策債を除く)市債残高を減らすことができた。財政力指数の上でも(全国で)下から2番目だったものが中位まで持ち直した。一方で副作用も出ている。今、静岡市で働いている職員の3分の1は非常勤。多種多様化した市民のニーズに対応できるかというと、マンパワーが足りず、かなり四苦八苦しているのが現状だ」

 --就任以来、防災政策に注力してきた

 「ハードとソフトを適切に組み合わせ、進めてきた。市民の安心・安全を守ることは行政が最初にやらなければいけないこと。ハード面では沿岸部を中心に5分以内に逃げられる津波避難タワーが求められた。調査したところ、19カ所必要となり、この7年半で18カ所が完成した。それだけではまだ足りないので、マンションやオフィスビルと提携して津波避難ビルに指定した。いざというときにはドアをぶち破って使わせてもらう」

 「ソフトの面では情報提供が必要。自分が今どんなところに住んでいるのか、いざというときにはどこに逃げればいいのかといった情報提供を行政がしなければいけない。コンビニエンスストアや公共施設にここは海抜何メートルだという避難の目安になるシールを貼ってもらった。そして今、力を入れているのはハザードマップの周知だ」

 --今年はラグビー・ワールドカップ(W杯)、2020年には東京五輪・パラリンピックとビッグイベントが続く

 「これまでスポーツを通じた街づくりに力を入れてきた。観光のコンテンツとして大事で、交流人口が広がると。市民の心を一つにするという意味でもスポーツは魅力あるコンテンツだ。ラグビーW杯はイタリア代表の直前合宿の受け入れも行う。県と連携しながらしっかり取り組んでいきたい。五輪・パラに向けてはホストタウンにも積極的に手を挙げ、スペインと台湾のチームを優先的に受け入れるという流れでスペインのバドミントンの代表、台湾の陸上競技の代表が静岡で合宿することになった。そこでいろいろな人が動き、人が動くと金が落ちる。そうした流れを作りたい」

 --田辺さん個人としての目標を

 「知事と一杯やりながら難しいことを抜きに、話をしたいと思っている。大学の先輩でもある。日本平夢テラスでやっても良いかもしれない。市と県が力を携えて同じ方向性で作業すると、ああしたワールドクラスの観光拠点ができる。これは素晴らしいことだ。これから清水港開港120周年に向けても県との連携が必要。日本平で富士山を眺めながら知事と熱い夢を語りたい」

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【プロフィル】たなべ・のぶひろ

 昭和36年8月生まれ。早稲田大政治経済学部卒。静岡市議や県議を経て平成15、17年の衆院選に静岡1区から無所属で出馬したが落選。23年の静岡市長選に自民推薦で出馬して初当選し、現在2期目。12~23年、静岡産業大情報学部の講師を務めた。静岡市出身。

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