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【震災と東北の音】(4)聞こえる現実 消えた、そして、生まれた 福島

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 福島、浜通り。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で被害を受けた。復興どころか復旧すらままならず、朽ち果てたがれきが目に入る。国道を走ること、1時間半。福島市にがれきはない。整備された街並みで、白いモニタリングポストが空間放射線量を示す。

 当たり前のように、その前を人は歩く。その光景からは震災も原発事故も、現実味を帯びることはそう多くない。それでもなお、「フクシマ」と表記される。風評被害は根強い。

 「被災地」。ひとくくりにされるが、福島の被災状況は目に見えるものだけではない。ならば、聴こう。音は空間の変化と現実を物語る。一瞬、一瞬。そのなかに消えた音に、生まれた音に、いまの現実があるのではないだろうか。

 人と音の関わりを定義する「サウンドスケープ」。その研究を手がけるのが、福島大の永幡幸司教授だ。福島市内28カ所で聞こえる音を定点観測し、録音データをホームページ上で公開している。

 「写真だけでは現場の一面しか見えない。音は全方位から聞こえてくる。見えるものと音の両方を捉えることが大事だ」

 永幡教授は阪神淡路大震災でも神戸市内の音を記録した。そのとき、「リアリティーを感じられないまま録音していた」という思いがあった。東北で起きた震災を前に「知っている場所で向き合いたい」。それが、活動のきっかけになった。

 発災から、およそ2カ月。

 5月1日に録音を始めた。震災前からなじみがあった市内中心部の新浜公園。「芝生も気持ちよく、いつも子供が多い場所」。聞こえてきたのは、風の音だけだった。

 福島市郊外の「小鳥の森」。シジュウカラやツグミの鳴き声が響いた。それだけではなかった。バードウオッチャーらの声も聞こえる場所だった。

 「自然と人が近く、自然の声と一緒に人の声が聞こえることが福島らしさ」。そう感じていた。

 しかし、人の姿が消えた。

 「レイチェル・カーソンの著書『沈黙の春』は、公害で鳥の声が聞こえなくなるものでした。福島の場合は逆。人間の声が聞こえなくなった」

 街を歩く人は減り、声は失われた。「歩く人がいても、早足だから会話する余裕がない」という。

 生まれた音もあった。飯坂温泉でのことだ。

 「だいたい温泉で男性はしゃべらない。ところが、『どこへ行ったら物を調達できるよ』とか、情報交換しているんですよ」

 音は経年変化をみせた。

 震災から、2年。やっと、子供が外に戻った。

 「空間線量が(個人の年間追加被曝(ひばく)線量を1時間当たりに換算した)基準値の0・23マイクロシーベルトを下回ってもすぐには子供が戻らなかった。0・2を切らないと増えない。誤差を考えた」。福島大学にも、除染作業の音が聞こえるようになったが、現場の脇を学生は無関心に通り過ぎる。慣れてしまったようだった。

 震災からまもなく8年。「県産品を特別に忌避しなくてもよい状況になっている。福島は健康に近づいている」と永幡教授は分析する。一方で「モニタリングポストの示す値で自分の健康を確認する状況自体が不健康。その状況があと10年、20年単位で続くだろう」とみる。

 「音の聴き方」について尋ねた。

 「スナップ写真と一緒。録りたいと思ったときに録っておく。それが積み重なったとき、価値を持つようになる」

 永幡教授が録音地点にしている信夫山(しのぶやま)に向かった。山の中腹にある公園から、福島駅やビルを望む。

 ザー、ザー

 滝のような音は山の下を通る車の音。震災、事故前も聞こえていたはず。

 カコン、カコン

 金属性の音が信夫山の山肌に跳ね返り、響く。眼下に目をやると、除染で出たごみを詰めたフレコンバッグを運び出すショベルカーがうなりを上げていた。

 カコン、カコン

 原発事故がなければ、この音は聞こえなかったはず。

 音は訴える。=おわり

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 この連載は、高梨美穂子、千葉元、塔野岡剛、内田優作が担当しました。

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【用語解説】サウンドスケープ

 人間が感じ取る音と人間の関わりを考える概念。声や音楽だけではなく、風の音や動物の声など自然の音も対象にしながら、音によって環境を理解する。1960年代にカナダの現代音楽家、マリー・シェーファーにより提唱された。

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