【Sounds震災と東北の音】(2)砂は鳴く 戻ってきた自然の“宝物”
砂浜をかかとで軽く蹴りながら進む。ときおり、立ち止まり、しゃがんで砂を払うように、さする。シャッ、シャッ。乾いた白い砂がかすかな音を立てた。
仙台海岸の北側。「仙台湾鳴り砂探求会」の早川紘之(ひろゆき)代表(78)は、その砂をすくい上げ、ぐい飲みのような形をした「検鳴器(けんめいき)」に入れた。軽く力を加え棒で突く。
クックックッ。軽やかに砂が、鳴いた。
ルーペでのぞき込んでみる。キラキラと光る小さな粒は、石英。ところどころに交じる黒い粒は、砂鉄。
「砂鉄が多いと鳴らないよ」
ごみや泥にも敏感だ。波で表面の汚れがきれいに洗われていないと、砂は鳴かない。だから、波打ち際を丁寧に一歩ずつ、探す。
早川さんのフィールドは仙台湾。最北端は石巻市の牡鹿半島突端にある黒崎、最南端は福島県相馬市の茶屋ケ岬だ。15年間そこを歩き、沿岸の鳴り砂の調査を続けてきた。
仙台市を流れる七北田川と、名取市の名取川の間にある仙台海岸。早川さんの評価では5段階のCか、それ以下。東日本大震災以来、よくても「やや鳴る」にとどまっていた。
「津波で巻き上げられた泥の影響がここにもあるのかもしれない」
ところが1年ぶりに調査に訪れた昨年6月。突然、砂が大きく鳴った。手でこすっただけで鳴る。驚きだった。「音がやってきた」
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強風に負けず、耳を澄まして音を聞き取る。心地よく聞こえるのは440ヘルツ。オーケストラの音合わせに使われる「ラ」の音だ。
キュッキュッキュッ。ギュッギュッギュッ。砂の質は音を微妙に変える。
福島県いわき市に7つの鳴り砂の浜があると、20年ほど前、新聞記事で知った。仲間たちと研究し始め、その面白さにのめり込んでいった。
定年を機に平成15年、仙台に移り住んだ。宮城では気仙沼市の十八鳴(くぐなり)浜、九九鳴き浜、女川町の夏浜といった鳴り砂海岸が知られていたが、松島より南では確認されていなかった。
「本当にないのか」
1人で探求会をつくり、北から歩いた。17年5月、亘理町のわたり吉田浜海岸にたどり着いたとき、「突然すごいのが出てきた」という。「全国鳴き砂(鳴り砂)サミット」で報告すると、国内最大級、延長3・5キロの鳴り砂海岸として知られるようになった。
そんな浜を震災が、津波が襲った。震災から2カ月たった23年5月、町の許可を取り、がれき撤去の作業が続く海岸に入った。
「地形が変わり、砂浜は半分になっていた。音も少し出る程度だった」
防潮堤ができ、ようやく再訪できたのは27年7月。
「震災前と遜色なく、みごとな鳴り砂が復活していた。予想外だった」
音を取り戻したわたり吉田浜海岸、仙台海岸。その理由は判然としない。ただ、その音は震災後、時がたつにつれて、だんだんとよくなってきている。
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砂はデリケートだ。雨にも左右される。
「海水浴場がある場所は、全体的によくない」
日焼け止めクリームの油分、ごみは大敵。波消しブロックも波の勢いを弱め、砂の汚れを洗い流してくれない。同じ浜でも全体にあるのではなく、神出鬼没だという。
震災までに仙台湾の50海岸を調査した。震災後はその現状を確認するため再調査に歩く。これまで南側を中心に27海岸を調べたが、いまだに防潮堤工事で入れない砂浜もある。「大きな防潮堤ができ、砂浜が消える所もあるのではないか」。そんな思いもよぎる。
「砂浜の変化は激しい」と実感する。震災による地盤沈下で消えたと思えば、隆起で戻ることもある。
「うちの砂浜を鳴るようにしてといっても、できない。地域の宝物です」
震災後、少しずつ音を取り戻した「鳴り砂の浜」。それは自然の賜(たまもの)か。宝物を探し、今年も海辺を歩く。