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【国家を哲学する 施光恒の一筆両断】「西洋の自死」日本への警鐘

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 時宜にかなった本の邦訳が出版されました。イギリスのジャーナリスト、ダグラス・マレー氏が著した『西洋の自死』(町田敦夫訳、東洋経済新報社)です。

 欧州諸国は戦後、移民を大量に受け入れてきました。著者のマレー氏は、その結果、欧州各国の「国のかたち」が大きく変わり、「私たちの知る欧州という文明が自死の過程にある」と警鐘を鳴らします。昨年出版された本書は、まず英国内でベストセラーになり、その後、欧州諸国を中心に23か国語に翻訳され、大きな話題となっています。

 著者は冒頭、次のように記します。「欧州は自死を遂げつつある。少なくとも欧州の指導者たちは、自死することを決意した」「結果として、現在欧州に住む人々の大半がまだ生きている間に欧州は欧州でなくなり、欧州人は家(ホーム)と呼ぶべき世界で唯一の場所を失っているだろう」

 本書では、欧州諸国が自分たちの国を移民国家にするとはっきりと決めたわけではないのに、ずるずると取り返しのつかないところまで来てしまった経緯が描かれています。

 英国をはじめとする欧州各国で元来の国民(典型的には白人のキリスト教徒)は、少数派に転落しつつあります。2011年の英国の国勢調査によれば、ロンドンの住人のうち「白人の英国人」が占める割合は44・9%とすでに半数を切っています。また、ロンドンの33地区のうち23地区で白人は少数派になっています。2014年に英国内で生まれた赤ん坊の33%は、少なくとも両親のどちらかは移民です。オックスフォード大学のある研究者の予測では、2060年までには英国全体でも「白人の英国人」は少数派になると危惧されています。

 他に、例えばスウェーデンでも今後30年以内に主要都市すべてで、スウェーデン民族は少数派になると予測されています。国全体としても、スウェーデン民族は現在生きている人々の寿命が尽きる前に、少数派に転落する見込みなのです。

 民族構成が変わるだけでなく、欧州諸国の文化的・宗教的性格も変容します。英国民のキリスト教徒の割合は、過去10年間で72%から59%と大幅に減少し、2050年までには国民の3分の1にまで減る見込みです。ウィーン人口問題研究所は、今世紀半ばまでに15歳未満のオーストリア人の過半数がイスラム教徒になると予測しています。著者は、欧州諸国でイスラム教徒の影響力が増大し、言論の自由や同性愛者に対する見方など、欧州が伝統的に育んできた自由民主主義の前提が覆されるのではないかと危惧します。

 本書の描き出す欧州の現状は、先ごろ入管法を改正し、外国人労働者の大量受け入れを決めた日本にとっても他人事ではありません。本書を読むと、移民の大規模受け入れに至った欧州の状況が、現在や近い将来の日本によく似ているのではないかと感じます。例えば、欧州諸国の移民大量受け入れを推進した者たちの論拠は次のようなものです。「移民受け入れは経済成長に資する」「少子高齢化社会では受け入れるしかない」「文化的多様性が増すので良い」「グローバル化が進む以上、移民は止められない」。欧州諸国では、政治家や学者、評論家、マスコミなどのエリートは、これらのうち一つが論駁(ろんばく)されそうになると別の論拠に乗り換え、一般庶民の懸念を巧みに逸らし、移民受け入れを進めてきました。著者は、エリートたちの保身と無責任な楽観主義を克明に描き出します。また、これらの論拠は、いずれも移民受け入れという結論が先にありきの、いい加減なものだということを明示します。

 入管法改正をめぐる日本の国会審議は、欧州の失敗例をほとんど分析せずに終わってしまいました。手遅れになる前に、本書「西洋の自死」をぜひ多くの日本人が読み、欧州の現状や苦悩を知ってほしいと思います。近い将来、「日本の自死」が現実化し、我々の子孫が安住の地を失うことがないように。

                   ◇

【プロフィル】施光恒(せ・てるひさ)

 昭和46年、福岡市生まれ、福岡県立修猷館高校、慶應義塾大法学部卒。英シェフィールド大修士課程修了。慶應義塾大大学院博士課程修了。法学博士。現在は九州大大学院比較社会文化研究院准教授。専攻は政治哲学、政治理論。著書に『英語化は愚民化』(集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)など。

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